スラブ・ユーラシア研究センター図書室
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ボリス・ニコラエフスキー・コレクション

ボリス・ニコラエフスキー・コレクション

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(The Boris I.Nicolaevsky Collection in the Archives of the Hoover Institution on War,Revolution and Peace)
センターニュース58号(1994年)


Boris-Nicolavsky
Boris I. Nicolaevsky (1887-1966)

本年3月末、スタンフォード大学フーヴァー研究所所蔵のB.I.ニコラエフスキー・コレクションのマイクロフィルム版を購入しました。このコレクションはボリス・ニコラエフスキーによって収集された世界的に有名なロシア革命史関係文書集です。全体は11ユニット*に分かれていますが、膨大な量であると同時に高額なので、昨年度は学内緊急経費を申請し、その不足分を経常費で補いましたが、昨年度の予算内ではユニット1-7しか購入できませんでした。残りのユニット8-11は今年度中に受け入れる予定です。(*この場合のユニットとは刊行用のフィルム制作のために、コレクション全体をいくつかのグルーブに分割した一つの単位のこと。各ユニットはほぼ同一量の40リール前後にまとめられ、同一価格が設定されている。最初の情報では、15ユニットの分割刊行が予定されていたが、現段階では11ユニットで完結することになっている)
このコレクションについては、すでにご承知の方や実際に利用している方もおられますが、この資料を国内で所蔵している機関は少ないと思われますので、受け入れの御案内かたがた簡単に内容を紹介します。

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 コレクションの収集者B.I.ニコラエフスキーは、1887年ウファ県(現在のパシキール自治共和国〕のベレベイ市にギリシャ正教の僧侶の息子として生まれた。彼は若い時からロシア社会民主労働党に身を投じ、同党メンシェヴィキ派の革命組織家であるとともに、ジャーナリストとして活動した。1917年の革命に引き続き、彼の関心は文書収集の仕事に次第に向けられるようになった。1921年のメンシェヴィキ派の弾圧に際して逮捕され、1922年ベルリンに亡命、1933年ナチの権力掌握に伴いパリに移住したが、この時ドイツ社会民主党の貴重な資料を国外に持ち出す事に成功した。さらに彼の収集した資料がドイツの侵略に脅かされた1940年末、それらをニューヨークに送り自らもニューヨークに移住した。このように亡命を繰り返す生活のなかで、学術的な著作の執筆を続ける傍ら、ロシア革命史関係の資料収集活動にも積極的に従事し、この間彼は1919-21年までモスクワの歴史革命文書館館長、1940年には、いちはやくアメリカ労働文書研究所所長に就任するなど、文書関係の仕事に携わりながら、資料の収集を続けた。その収集になる膨大なコレクションは1963年スタンフォード大学のフーヴァー研究所に受け入れられることになり、1966年の死に至るまでここで自らのコレクションの整理にあたり、波瀾に満ちた生涯を閉じた。

1.構 成
コレクション全体の総量は、811ボックス、330フイートにおよび、マイクロ化されたものはほぼ500リールにのぽる。内訳は次ぺ一ジの表のとおりである。
全体は二つの部分に大別される。第1部は、1966年ニコラエフスキーの死後、彼の仕事を引き継いだ妻A.ブルギナ(Anna Bourguina)とフーヴァー研究所のM.ヤコブソン(Mochael Jakobson)により分類・整理されたものであり、コレクション全体の56%を占め、246の主題別サブグルーブに分割され、456ボックスに収められている。コレクションの整理にあたり、ブルギナはユニークな一貫した登録番号付与のシステムを採用し、継続する登録番号を各ファイル・ホルダーに割りふり、その中の資料をある程度任意にグループ化した。ブルギナの死後、M・ヤコブソンは第1部のロシア語で記述された部分を英語に翻訳し、登録の改訂を試み、多くの箇所に詳細な内訳をつけ加えた。第2部はA.ブルギナの死後、M.ヤコブソンによって整理されたものである。これは残りの44%にあたり、51の主題別サブグルーブが351ボックスを占めている。この第2部の文書整理を可能にしたのは、1986年の国立人文科学基金(National Endowment for the Humanities)の助成金であつた。ヤコブソンは残りのサブグループ(247-297)を現代文書学の原則に従って組織的に配列した。したがってコレクョンが完全にカタログ化され、利用が公開されたのは比較的最近のことである。さらにコレクションの内容に関する詳細な分類のガイドブック(Guide to the Boris I.Nicolaevsky collection in the Hoover Institution Archives,1989.Hoover Press bibliography,74)が出版されており、膨大な多岐にわたる貴重な文書へのアクセスを容易にし、その価値を非常に高めている。

Unit No. Series No. Box No. Box Quant. Reel No. Reel Quant.
1 231 303-376 74 1-41 41
2 1-16 1-50 50 1-42 42
3 17-60 51-100 50 43-82 40
4 61-80 101-143 43 83-122 40
5 90-123 144-193 50 123-165 43
6 124-183 193-239 [46] 166-207 42
7 184-224 240-290 51 208-250 43
8 [225-230] [291-302] [12] - -
9 [232-246] [377-456] [80] - -
10-11 [247-297] [457-811] 355 - -

Unit 1-9(Series No.1-246)はPt.1にあたる。Unit 10-11?はPt2にあたる。
角括弧[ ]は推定数を示す。
-は未着につき不明

2.内 容
このコレクションは、全体としては19世紀末から20世紀にかけて書かれたロシア革命運動に関する未公刊文書の集大成である。最大の主題はロシア社会民主労働党に集中しているが、メンシェヴィキ党やエスエル党に関しても貴重な文書が多数含まれている。文書資料へのアクセスを容易にするために、全体は297の主題別グルーブに分類されている。主な内容は次のように大別される。

政党の内部資料、出版物、および帝政内務省、ソ連の秘密警察資料。ロシア社会民主労動党、エスエル党、人民の意志党、チェーカー、ブンドなどの記録を含む。特にロシア社会民主労働党の文書は重要とされている。
個人関係文書(パーソナル・ぺ一パーズ)。このなかにはバクーニン、ラヴローフ、ブレハーノフ、アクセリロード、マルトフ、チェルノフ、トロツキーなどの革命家、ゴーリキー、アンドレーエフ、ブーニン、ブルツェフなどの作家・文筆家の個人文書が含まれている。全体の中でロシア社会民主労動党のメンバーのものが大部分を占めている。中でもトロッキーと息子のL.セドーフ及び、エスエル党のメンバーであるV.チェルノフの文書などは特に重要であると言われている。
回想録、書簡、報告。これはニコラエフスキーにより直接収集された資料で、主題別に構成されている。例えば<強制労働、監獄及び収容所>、<ロシア社会におけるユダヤ人の現状〉、<ロシア史におけるフリーメーソンの役割>、<ドゥーマの活動>、<1921年のクロンシュタットの反乱〉等のように統一されたテーマのもとに分類されており、彼自身のノートが付されている。
その他。写真類、政治風刺雑誌、書誌関係資料、ニコラエフスキーの個人文書、A.ブルギナの個人文書他。


全資料を出所別に分類にすれぱ、メンシェヴィキ関係186ボックス(23%)、エスエル党関係58ボックス(7%)、その他革命組織46ポックス(6%)、ソビエト政府指導者(主としてトロツキー)関係82ボックス(10%)、革命・内戦期の亡命者(章命組織所属以外)関係96ボックス(12%)、第2次大戦期の亡命者関係71ボックス(9%)、ロシア国外(主として西欧、米国の社会主義グループ)関係78ボックス(10%)、ほかにニコラエフスキー自身の書類(著作執筆用資料、新聞切り抜き、原稿、書簡等)194ボックス(23%)からなっている。

3.主題と分類
全体は2部に分けられ、第1部、第2部とも一貫したシリーズ番号とポックス番号が与えられている。前者は1-246シリーズ(1-456ボックス)、後者は247-297シリーズ(457-811ボックス)よりなる。各シリーズはそれぞれ特定の主題をもち、そのシリーズの中はボックスで分類され、さらにフォルダーによって細分されている。しかし特定の主題がかならずしも一つのシリーズの中に収められているわけではない。ロシア社会民主労動党の資料はシリーズ6、9、66と99の4つに分散しており、RSDRP-Ⅰ、RSDRP-Ⅱ、RSDRP-Ⅲ及びRSDRP-Ⅳのようにそれぞれ表示されている。これは異なった時期に整理されたためである。例えぼ、ユニット2は、16シリーズ、50ボックス(42リール)から成り、各ボックスの中フォルダーにより仕訳され、ポックス毎に一連のフォルダーナンバーが与えられている。第1シリーズには、ボックス1のフォルダー1からポックス2のフォルダー3までが合まれており、その主題は<Dzhems-Lupolov,Iakov Markovich、ロシア社会民主労動党ニューヨーク支部の書記。IA.M.Dzhems-Lupolovの1893-1937年のぺ一パー>である。さらにその後に「IA.M.Dzhems-Lupolovに関するより多くの情報については『社会主義通報』(Sotsialisticheskii vestnik)の1943年21-22号参照」という注記が付されている。ボックス1は7個のフォルダーからなり、各フォルダーにはそれぞれ詳細な件名がついている。ちなみにポボックス1のフォルダー1は「Portugeis,Semen Osipovich(変名Stephan Ivanovich)、『曙』(Zaria)の編集者。1922-1925年の間のDzhems-Lupolov宛の24通の手紙。内容はグルジアの民族主義者の運動、Aleksandr Nikolaevich Potresov、ソ連における社会民主労動党、およびべルリンで刊行されているRSDRPの機関紙『曙』(Zaria)に関するものである」。フォルダー2は「Oberuchev,Konstantin Mikhailovich、1922年ベルリンの IA.M. Dzhems-Lupolov 宛の8通の手紙、ソヴェト作家への財政的援助について」である。中でもシリーズ231は「L.D.トロツキーと息子の L.L.セドーフ(1920-1940年)(1)のペーパー(Trotskii,Lev Davydovich and Sedov, Lev L'vovich (1), 1920-1940)」で、74ボックス(ボックス303-376)からなり、全体の9%セントを占め、各フォルダーの内訳は詳細を極めている。トロツキーの伝記(1928-1939年)、書簡(1929-1937年.宛名の人名のアルファペット順・年代順に配列されている)、講演と著作、ノート、原稿、L.L.セドフの伝記、書簡集(1929-1939年、著者名のアルファベット順)、主題ファイル、写真などを含む。なにげなく開いたぺ一ジから<シペリア - A.V.コルチャック政権下の1919年の社会主義者の活動と労動組合運動。『シペリアの労動者』(Sibirskii rabochii)からの要約と5論文>(シリーズ6、フォルダ-1)の記事が目に入る。811のポックスはまさにロシア史の魔法の箱である。カタログに記載されている各フォルダー毎の主題には興味つきないものを感じる。

 長い間待たれていたこのコレクションの購入によって、北大のロシア革命期の研究資料は、ベルンシュタイン・コレクション(オリジナル)やスヴァーリン・コレクション(オリジナル)をはじめとして、ハーヴァ一ド大・ホートン図書館のロシア革命文献集(マイクロ)、ロンドン経済学スクール附属の英国政治・経済学図書館所蔵のロシア革命パンフレット(マイクロ)、 ロシア革命期新聞コレクション (マイクロ)などに加えて著しく豊かなものとなる筈です。

【秋月】


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