ロシア古地図

ロシア古地図

Подробная карта Россійской Имперіи и близь лѣжащихъ заграничныхъ владѣній(A detailed map of the Russian Empire and its adjacent foreign possession)

[1995年度 大型コレクション]
本地図は,帝室地図廠がアレクサンドル1世に献上したロシア帝国および近隣諸国の詳細図である。製作方法はエッチングで,400mm×350mmの地図107枚からなり保存状況も大変よい。この地図の最大の特徴は,70露里(約75km)= 100mmという詳しさにある。その結果,地形,道路,耕地の利用状況はもとより,住民居住地は村集落レベルまで,教会はその規模に至るまで表示されている。

形態 地図
数量 107枚
言語 ロシア語
購入年度 1995
貸出 不可
複写 不可

資料一覧


*資料紹介 (『楡蔭』No.98, p.13-14より)

『ロシア帝国および近隣諸国詳細図』について

スラブ研究センター講師 兎内勇津流

このたび附属図書館に収蔵された『ロシア帝国および近隣諸国詳細図 (Подробная карта Россійской Имперіи и близь лѣжащихъ заграничныхъ владѣній)』は,Депо картによって1801-1804年にかけて編集,印刷された。これは,軍に設けられた地図編集局である。

おおむねシベリアを除いたロシアとその周辺部が,この図の範囲である。南はアゼルバイジャンのバクー,グルジアのチフリス(現在のトビリシ),ブルガリアのソフィア,東は中央アジアのヒヴァ,アラル海,西シベリアのトボリスク,西はポーランドのトルンやセルビアのベオグラードあたりまでを収める。縮尺は1:840,000。20露里(約21.3km)を1インチに縮めている。銅版による単色印刷。国境,県境を水彩であとから彩色している。この縮尺は,細かな作戦行動の立案には不十分だが,なんとか全ての村落など書き込むに足るものと言えよう。

国境,県境,河川,主要道,都市,村落,城塞,遊牧民に対する防衛線などを表示する。村落は教会を備えたсело か教会のないдеревняか,人口は500人以上か以下かを記号で区別する。図中に標高の表示はない。等高線は用いられず,山岳地帯は一種の鳥瞰図的な模様で表現する。

図法の表示はない。円錐図法の一種と見られるが,筆者には特定できない。

全107枚のうち,1枚目は表紙であると同時に北西端の図でもある。 2枚目から5枚目までは,何番の図がどの部分にあたるかを表すいわば目次の図。 4枚を田の字型に貼り合わせて使うようにレイアウトされている。 6枚目以後は詳細図である。これも4枚単位で田の字型に貼り合わせて使うようになっている。105枚目から107枚目は,それまでの図からはみ出た,カフカスのナヒチェバンと中央アジアのヒヴァの図である。

この図のもととなった資料は,エカチェリナ2世時代の各県の一般測量調査報告といわれる。

ロシアにおいて測地学的な方法による地図作成が開始されたのは 18世紀始めのピョートル大帝の時代という。そうした測量・調査の成果は例えば 1745年に刊行された地図帳などから伺うことができるが,これを見ると全部が測量のデータによって作成されたものでないことは明らかである。この後,エカチェリナ2世の時代の1765年より,各県の一般測量調査が実施され,各地の詳細な地理的情報が中央政府に集積されたのである。この資料は今もロシアの文書館に保存され,ヨーロッパ・ロシアの歴史地理の研究上,第1級の史料とされている。

この図を見ると,当時のロシア人の生活空間の広がりと,地理的知識の集積について考えさせられる。ロシア南東部では遊牧地が広大な空間を占めている。この遊牧民と農耕民との境界は,その後1世紀の間に南東に大きく移動することになるだろう。

場所による情報の精疎は,当時のロシア政府の持つ地理的情報の精疎を反映するものであろう。資料の入手が難しかったのか,総じて,外国は詳しくない。現在のポーランドであるビスワ河左岸は詳しくないが,右岸は詳しくなる。オーストリアやトルコは詳しくない。ロシアの北方地域,北カフカスやボルガ左岸など,ロシアの周辺部も簡略である。第3次ポーランド分割によって手にしたばかりの領土は非常によく調査されている。

地形の変化も認められる。たとえばカスピ海の北部は,現在とかなり形が違い,相当広かったことが伺える。

帝政ロシア時代には,地図の出版は制限されており,市販可能となったのは19世紀後半のアレクサンドル2世時代にな ってのことだった。それ以前に制作された図は,きわめて小部数だった筈であり,入手は困難である。個別の村を識別出来るほ ど詳細な帝政期ロシアの地図の所蔵を,筆者は,国内では他に知らない。また。欧米の大図書館でも,ごく少数と思われる。

北大附属図書館は,ロシア歴史地理研究上大いに活用が期待される,貴重で優れたツールを得たのである。