ベルンシュタイン・コレクション:1, 2

ベルンシュタイン・コレクション

The Collection of Leon B.Bernstein

[1984年度 大型コレクション]
レオン・ベルンシュタイン(1877-1962)が、およそ半世紀の歳月をかけて収集したロシア関係蔵書の大部分。革命期の諸党派が出版した雑誌をほぼ網羅する画期的なコレクションである。

形態 オリジナル
数量 6,545冊
言語 ロシア語
購入年度 1984-1985
貸出 不可
複写 可(一部不可)

資料一覧A-Z, OTHERS
資料一覧А-З
資料一覧И-М
資料一覧Н-О
資料一覧П-Р
資料一覧С-Я, OTHERS


*資料紹介(『楡蔭』No.65,p.9-11)

ベルンシュタイン・コレクションを手にして

スラブ研究センター教授 長谷川毅

 本屋から送られて来るカタログには羊頭狗肉のものが多い。従って私は最初,コロンビア大学のベシェンコフスキ教授によって書かれた分厚い二 巻本のベルシュタイン・コレクションのカタログなるものを目にした時,こんなものがまだ一体存在しているのだろうかと,半信半疑であった。

 それはレオン・ベルンシュタインというロシア亡命人のジャーナリストが,1905年以降パリを本拠として60年にわたって丹念に集めてきた5.000 点にもなる莫大なコレクションであり,その中心をなすロシア革命運動のコレクションは,モスクワのマルクス・エンゲルス・レーニン研究所,アメリカのフーヴァー研究所,アムステルダムの社会運動史研究所にも匹敵するものであるという,べら棒なことが書いてあった。

 ベルンシュタイン自身,ナチ占領下のパリにとどまっていたという事情から,パリから亡命した亡命社会主義者や組織の蔵書・資料類をごっそりと手に入れたという事情があるらしく,パーヴェル・アクセリロード蔵書ボリス・クリチェフスキー蔵書,グリゴリー・アレクシンスキー蔵書の全てや,ブンド,ロシア社会民主党外国本部,エスエル党アルヒーフ,ロシア社会民主党中央委アルヒーフなどの一部がコレクヨシンに付け加えられたという。

 この類のコレクションは,ある特定の革命組織のみに限られていることが多いが,カタログを読むと確かにベルンシュタイン・コレクションにはボリシェヴィキ,メンシェヴィキ,エスエルはもとより,色々名もあまり知られていない革命組織の雑誌や資料が集められている。しかも20世紀初頭の革命運動に限らず,19世紀の革命思想家の作品,例えばラディシチェフ,デカブリスト,ヘルツェン,オガリョフ,バクーニン(全集は殆ど初版本である)や,ネチャーエフの宣言のオリジル,「人民の意志」派の資料等も含まれている。

 

 これだけでも気の遠くなるような話であるが,まだそれ以上のことが書いてある。

 このコレクションにはソ連の歴史と文化の基本的な書物が含まれている。とりわけ「ロシア文化の銀の時代」を代表するソロヴィヨフ,ベルジャーエフ,ブルガコフなどの諸作品,19世紀のロシア文学者の初版本や全集等独立して購入すれば非常に高価なものが含まれている。

 その他,ベルンシュタインの好奇心はロシア革命でとどまらず,革命後も彼はソビエト時代の様々な問題についての書物を収集した。特にフランス語で書かれたソ連論がこんなに揃っているコレクションはおそらくフランス以外にはあり得ないであろう。また第二次大戦後スターリンの死に至るあまり研究されていないスターリン後期について,このコレクションは世界のどこの図書館にもあり得ないような莫大な謄写版刷りの一般向きの啓蒙的講演の要約を含んでいる。この資料はスターリン後期の研究にとって必須のものとなるであろう。

 という様なことが延々と書かれているカタログを読めば,私がこれはあまりにも話がうまく出来すぎていると直感したのもうなずかれると思う。ベシェンコフスキー氏は本屋とぐるになり,これを高く売りつけようとしているに違いない。大体私もロシア革命の研究ではかなり自信があるが, ベルンシュタイン・コレクションなど聞いたこともない。また,世界の殆どのロシア革命史研究者と私は面識があるが,誰もこのことを私に語ったことはないし,彼らの研究の中で言及されていることもない。マユツバものに違いないと結論した。

 従って昨年の秋,ニューヨークに行ったついでにハンター・カレッジにあった現物を見に行ったが,私には,さて,どこまで本当か見てやろうという不遜な態度があった。だが,何としたことだろう。現物を一つひとつ取りあげて行くうちに,私は身が震えるように興奮してきた。ベシェンコフスキーが誇張していることは何もない。おそらく『宝島』の宝庫を探し当てた海賊でなければ,このようなゾクゾクした興奮は味わえないであろう。私はうっとりと,豪華版の『古代衣装史』を眺め(この五巻本は欧米の図書館にも完全なセットは存在しない),ポトレソフの小冊を愛撫し,『イスクラ』がまるで昨日の新聞のように完璧に一号から最終号まで揃えられているのを何かの奇跡のように思って,神の前に跪いたのである。とりわけコレクションを管理している図書館員の研究室の書棚に丁寧に保管されていたパンフレット類はそれこそ宝物の中の宝物である。ベシェンコフスキー氏は確かに正しい。ここにはモスクワにも,フーヴァーにも,アムステルダムにもないものが多く含まれている。

 しかし,こんなに優れたコレクションが何故研究者に知られていなかったのかという謎が残る。事実はこういうことであったらしい。

 ベルンシュタインはこのコレクションの一部をデッカー・ノルデマンという本屋に売却した。(これが一橋大学が購入したものである。)しかしこれはベルンシュタイン・コレクションのほんの一部にすぎず,最も主要な部分は1956年にシカゴのニューベリー図書館が購入することに成功した。コレクションはニューベリー図書館で整理され,カタログされた。パンフレット類は一つ一つ丁寧に特別に作られて箱に入れられている。しかし 1960年代にニューベリー図書館はアメリカ研究に関するコレクションのみに集中することに決定し,ベルンシュタイン・コレクションをニューヨークのハンター・カレッジに売却した。しかしハンター・カレッジもニューヨーク市の財政難と60年代の大学革命のとばっちりを受けて,とてもロシア史のコレクションを充実させる財政的裏づけがなく,これを売り出すことに決定した。これが約30年間この貴重なコレクションが,文字通り指で数える位の専門家の間でしか利用されていなかった理由である。しかしその反面,コレクションは仲介に立つ本屋にバラバラにされずそのまま保存されたという撓倖にも恵まれていた。

 この様なコレクションが,北海道大学附属図書館の関係者の努力と,文部省の勇気のある決断のお蔭で日本に来たことは,日本のロシア・ソ連研究にとっては画期的なことである。これを基礎にして,今後ロシア・ソ連関係のコレクションを拡充すれば,北海道大学はフーヴァー研究所,ヘルシンキ大学,ハーヴァード大学,コロンビア大学に匹敵する世界的な水準にまで一拠に高まる可能性がある。

 20年前私は東京大学でロシア革命に関する卒業論文を書いていた。その時,何と日本のロシア関係のコレクションはみすぼらしいものかと痛感した。これが私のアメリカに留学する第一の動機でもあった。ベルンシュタイン・コレクション購入に象徴される日本の資料の充実ぶりはその時と比べると雲泥の差がある。

 しかしまだやらねばならぬ事は沢山残っている。

ベルンシュタイン・コレクションは,これからのソ連・ロシア研究発展の為の一つの糸口にすぎないのである。