19世紀イギリス・アメリカ演劇コレクション

19世紀イギリス・アメリカ演劇コレクション

19th Century English and American Plays

[1992年度 大型コレクション]
19世紀に英米両国で書かれた戯曲のコレクションのマイクロフィッシュ版であるが,一冊もののルーズリーフ体のチェックリストがついていて,索引として使用できる。American Drama p.1-43,American Drama Reformat p.1-157,English Drama p.1-228,English Drama Reformat p.1-307として編成されており,それぞれ編著者 (編著者が明らかでないものは書名)の ABC順に配列されている。
文学史上有名な劇作家は勿論のこと,大衆演芸のジャンルまで含む包括的な一大コレクションであり,文学として演劇を研究する者だけではなく,英米の社会史や文化史を研究する歴史家にとっても貴重な第一次資料となるものである。

形態 マイクロフィッシュ
数量 30,617枚
言語 英語
購入年度 1992
貸出
複写

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*資料紹介(『楡蔭』No.88,p.15-17より)

『19世紀イギリス・アメリカ演劇コレクション』について

言語文化部助教授 伊藤章

 このたび附属図書館に収蔵され,現在整理中の『19世紀イギリス・アメリカ演劇コレクション』(マイクロフィッシュ)がいかなるもので,どのような特色をもつものなのか,演劇の歴史において19世紀はいかなる時代であったのか,最後に,この資料によってどのような研究が開かれる可能性があるのか述べたい。

 このマイクロフィッシュ・コレクションは,その名の通り,19世紀の英米の(有名・無名を問わない)劇作家の脚本を実に28,000本も再現したものである。何を基準に選択したかというと,イギリス部門は Allardyce Nicollの浩瀚なイギリス演劇史,A History of English Drama,アメリカ部門は Arthur Hobson Quinnの二巻本のアメリカ演劇史,American Drama from the Civil War to the Present Dayのほか,Robert RodonのLater American Plays, 1831-1900やAlbert von Corba,Jr.のA Check List of American Drama Published in the United States through 1865 などに言及されている脚本リストに基づいている。その結果,このコレクションには,19世紀にイギリスとアメリカで上演された,英米の劇作家によるほとんどすべての芝居の脚本が収められていると言ってよい。そのほかの特色として,古典ギリシャ劇からイプセンまで,外国の芝居の翻訳も収められているし,認可を受けるためにお上に提出された未刊の芝居の上演台本も収められている。出版された芝居の場合では,初版と改定版が同時に収録されている。一本の芝居に関して,可能な限り,少なくとも三種類,すなわち検閲前の原稿と上演台本,出版されたものをマイクロフィッシュ化するというのが,編集方針であった。このプロジェクトを指揮したのは,マサチューセッツ州立大学のジョゼフ・ダナヒューとマウント・ホルヨーク大学のジェイムズ・エリスの二人の教授である。名前をあげて,その労を多としたい。

 

 さて,演劇の歴史において19世紀はいかなる意味をもっていたか。この世紀は,ドラマツルギーにおいても,劇場建築においても,目覚ましい進展を遂げた世紀であった。都市化と市民のブルジョワ化にともない,劇場が増えた。産業革命によって,労働者階級の地位が多少なりとも向上した。都市の下層階級でも余暇を楽しむ余裕がでてきた。そこで,より大衆的な芸能を提供するミュージック・ホールやヴァラエティー劇場(寄席演芸場)が出現し,人気において,より正統的な劇場を脅かすようになる。商業主義演劇は,より多様化していく観客の好みを反映するようになる。演劇のスタイルとしては,庶民好みのメロドラマもあれば,インテリ向きのリアリズムもある。悲劇もあれば,喜劇も,ファース(笑劇)もある。オペラもあれば,ミュージカルも,色気たっぷりのバーレスクもある。パントマイムもあれば,子供を対象とした児童演劇もある。また,演劇は社会批判や政治運動の道具ともなる。劇場の技術革新もめざましく,灯油やガスによる照明から,ライムライト(石灰光),ついには電気による照明へと変わる。演劇はなにも都市の住民だけの娯楽ではなく,無数の旅回りの劇団が全国を隅なく巡業し,地方に住む人々にも大きな楽しみを提供した。

 

 

 アメリカの場合,都市の勃興に伴い,1820年から30年にかけて,劇場の新築ブームが起こり,ニューヨークのバワリー劇場やチャタム劇場,ラファイエット劇場,ニューパーク劇場,ボストンのトレモント劇場,フィラデルフィアのニューチェスナット・ストリート劇場,アーチ・ストリート劇場などの劇場が新築,あるいは再建された。これらの比較的大きな都市(ちなみに,1850年の都市人口は,51万5千のニューヨークを筆頭に,34万のフィラデルフィア,14万のボストン, 12万のニューオーリンズ,11万5千のシンシナティ,5万のサンフランシスコ, 3万のシカゴ,1万のロサンゼルスと続く)以外でも,北部地方の中小都市や,ボルチモアからサヴァンナにかけての南部の中小都市においても,次々と劇場が建った。辺境の都市,サンフランシスコには, 1851年に2千人収容できる劇場ができている。

 

 新しく建てられた劇場は,従来のものと比べて規模が大きくなり,たとえば,1821年のニューパーク劇場は2千5百人,1826年に完成をみたバワリー劇場は3千人,40年代に建ったブロードウェイ劇場は4千人を収容できた。劇場の大型化とともに観劇料も安くなっていく。1800年にボックス料2ドルであったパーク劇場は,1850年になると,最高料金が 75セントであると宣伝する。豪華なパーク劇場以外の劇場でも,最高50セント,桟敷席5セントというのが相場である。この頃,ニューヨークはすでに演劇の中心地となり,10の常設劇場があった。次第に上演回数も増え,この頃は,1週間のうち日曜を除く毎晩, 6日間上演されるのが普通であった。そして祝祭日の期間は,昼夜2回の興行を行った。劇場の設備の革新も目覚ましく,1850年代に入ると,劇場の照明はかつての蝋燭や石油ランプに代わって,ガスによる照明が導入された。このガス照明は,ガスの流れを調整することで,明度を増すことも,下げることもでき,舞台上の効果の面ですばらしい貢献をなした。

 

 産業の革新と輸送手段の進歩も,演劇の発展に大きく貢献することになる。まず,1794年の最初のターンパイク(有料道路)の建設以来,全国のあちらこちらにターンパイクが作られる。水路としての河川の利用も, 1807年にロバート・フルトンが蒸気船を実用化させて以来,活発となる。鉄道も,1828年に最初の鉄道会社が営業を開始してから,1850年までには,総延長9千マイルに及んでいた。その19年後には,大陸横断鉄道が完成し,長距離を安全に,しかも迅速に旅行するという難問が解決されることになる。こうした輸送手段の格段の進歩により,巡業劇団の巡回行程も大規模なものになっていく。1840年代の劇団は,ニューヨークを皮切りに,フィラデルフィア,ボルチモア,ワシントン,アレクサンドリア,チャールストン,サヴァンナ,コロンバスを回って,再び北上し,モビール,セントルイス,シンシナテイ,ピッツバーグ,バッファローと進み,最後は南下してオールバニーで打ち上げとなるのが普通であった。それが道路と鉄道網の整備,充実にともなって,各劇団は文字どおり,アメリカ全土を巡業することになる。

 

 要するに,演劇こそ19世紀を通じて民衆の最大の娯楽であった。演劇は社会の鏡であった。時代の貌が映し出される鏡であった。時代の流れ,社会の動静に敏感に反応する,感度のよいアンテナであった。演劇に社会の最大公約数的な部分が,もっとも民衆的な部分が表現されていると言ってもよい。それは,十九世紀においては,演劇が娯楽と情報の源として,社会の中心により近く位置していたからだ。演劇以上に社会と密接に結び付いているジャンルはほかにはない。特にアメリカの場合,演劇は雑多な多民族社会アメリカを統合する共通のシンボルとして機能してきた。

 

 最後に,ここに収められた演劇作品が研究者にとってどういう価値があるのか述べよう。まず,イギリスであれ,アメリカであれ,このコレクションを通して精神の形や時代の雰囲気,民衆の気分,社会の顔付きを探ることができよう。社会を支える理念,民衆をつき動かす衝動を再現することも可能になるだろう。このコレクションは,演劇の発展の歴史をたどりたいと思う演劇史家にとって,貴重な資料となるだけではない。19世紀に生きた人々を考え,何を夢見ていたか,庶民の心性を掘り起こしたいと思っている歴史家にとっても,19世紀の時代精神を掘り起こそうと思っている思想史家にとっても,汲めども尽きない泉のように,第一次資料の豊かな源泉となってくれるはずだ。