ドーア文庫


ドーア文庫

409 冊 →資料一覧 (貸出不可・複写可)

 

Dore, Ronald Philip 1925年英国ボーンマス生まれ。社会学者, 日本研究家,1947年ロンドン大学東洋アフリカ研究学院卒, ロンドン大学名誉教授,著書に「都市の日本人」「日本の農地改革」 「学歴社会」「21世紀は個人主義の時代か」など多数。

ドーア文庫の開設について
            大学院法学研究科附属高等法政教育センター長 山口 二郎

1. 開設の経緯
 外国における日本研究の第一人者、ロナルド・ドーア教授の日本関係の蔵書を、このたび北海道大学図書館に収蔵し、ドーア文庫として広く内外の日本研究者 の利用に供することとなった。1925年生まれのドーア氏は、依然として研究意欲旺盛で、あとで紹介するように、精力的な執筆活動を続けている。その意味 で、研究者としては現役ではあるが、イタリアに生活の拠点を定めることを契機に、日本研究のために集めてきた多くの文献をまとまった形でどこかの大学図書 館に譲るという決意をされた次第と聞いている。中村研一副学長の友人であるケンブリッジ大学のアラン・マクファーレン教授を通して、この意向が北海道大学 に伝えられ、今回のドーア文庫開設に至った。
 ドーア氏の蔵書は、私が研究代表者を務めている科学研究費学術創成「グローバリゼーション時代におけるガバナンスの変容に関する比較研究」のための資料 収集として購入された。この研究は、グローバル化が進展する中で、民主主義的な統治システム、国民国家における中央政府と地方政府の関係、経済社会政策な どがどのように変化しているのかを明らかにし、市民社会の側からの新たなグローバル化戦略を提示することを目指している。ドーア氏の近年の著作は、我々の こうした問題意識と符合している。

2. ドーア氏の日本研究
 ドーア氏が日本の経済社会に関して優れた実証研究を行ってきたと同時に、日本政治のあり方についてユニークな提言を行ってきたことは、ここで改めて紹介 するまでもない。外国における日本研究といえば、バブル時代に花盛りであったアメリカの一部の日本研究者のように、日本の政治経済システムを過度に美化 し、モデル化するタイプを思い出す人も多いだろう。しかし、この種の議論は時代の変化によってたちまち色あせる。逆に、日本の経済が停滞し、社会が混迷し てくると、日本に対する議論は、その遅れやゆがみを指摘し、グローバルな基準を受容するよう説く者が目立つようになる。日本に関する議論のこのような「揺 れ」は、日本研究の蓄積の浅さに関連している。
 この点で、ドーア氏の研究の一貫性と視野の広さは際立っている。同氏は、日本の企業における経営や労使関係、教育、農村社会、政治や行政など、近現代の 日本のさまざまな分野に関して鋭い分析を行ってきた。これらの研究は、対象に対する愛着に支えられながらも、決して対象に没入せず、これを美化しないとい う、研究者として当然の、しかし決して容易ではない距離感に裏打ちされている。非西欧世界においていち早く近代化を遂げ、経済的豊かさと社会的安定を実現 した日本の政治経済システムの長所を的確に探り出し、同時に日本にかけているものや日本社会の多数派が失ったものについても常に注意を払っている。また、 日本的システムを常に欧米の政治・経済システムとの比較を通して特徴付けるという手法がドーア氏の議論の底に流れている。こうしたバランスの取れた評価 が、ドーア氏の日本研究を貫いている。

3. 近年の展開
 冷戦構造の崩壊、経済グローバル化の進展という新たな事態の前に、ドーア氏は、自信を失った日本人に代わって日本的経済システムや安全保障政策の再評価 と、グローバル化時代に対応した新たなモデル化に取り組んでいる。この点が、我々の学術創成研究と符合していると述べたゆえんである。
 まず、経済システムに関しては近著『日本型資本主義と市場主義の衝突』(東洋経済新報社刊、原題は、Stock Market Capitalism: Welfare Capitalism)において、アメリカをモデルとする市場中心主義に対する対抗モデルとして、日本型資本主義の再生の可能性を論じている。その中で、 ドーア氏は年来のテーマである日本的経営システム(現在の言葉で言えばコーポレート・ガバナンス)、労使関係、企業間関係に関する新たな調査を行い、レト リックとしてのグローバル・スタンダードや大競争時代と、日本経済の現実における従来の仕組みの生命力を対比している。そして、日本とドイツの経済システ ムとアングロサクソン型資本主義とを対照し、一握りの勝者が富を独占し、勝ち組と負け組みの格差を広げ、結局社会を不安定にするアメリカ型モデルとは異 なったモデルとして日本のモデルを再発見、改革することを提唱している。
 また、対外政策に関しては、『こうしようといえる日本』(朝日新聞社刊)や新聞雑誌等の時評において憲法9条の再定義と、新たな国際貢献のあり方を提案 している。一方で、冷戦時代に流れていた孤立主義的な平和主義としての護憲のあり方に変化を迫り、同時にアメリカの一極主義的な世界戦略に追従するのでは なく、世界が日本に本当に求めている有意義な国際的役割を担うことを提唱している。この議論は、伝統的な護憲論の掲げた理想主義とは異なっており、いわば 現実を踏まえたバージョンアップされた理想主義ということもできる。ドーア氏のこの提案は、911以後のアメリカの単独主義的な行動と、それに日本が追従 しようとしている現状を見るとき、いっそう大きな示唆を持つ。
 我々の学術創成研究も、まさに市場メカニズムを唯一の社会構成原理とするグローバリゼーションの進行に対して、社会的連帯をいかに確保するか、環境、コ ミュニティ、個人の自己実現など市場によっては達成されない価値をいかに実現するかという関心から、日本や西欧諸国の政治・行政システムや政策を研究して いる。その際、国内政治においては「ソーシャル・ガバナンス」、国際社会においては「マルティ・ラテラリズム」をキーワードにして、新たなパラダイムの構 築を目指そうとしている。ドーア氏の近年の議論は、我々のプロジェクトにとっても重要な手がかりを与えてくれる。ドーア文庫の開設は、我々とドーア氏との 研究上の絆を強化する契機となるに違いない。

4. 新たな研究拠点を目指して
 ドーア文庫は、北海道大学にとってだけではなく、世界中の日本研究者にとっても貴重な財産となる。社会科学分野において現代日本を研究しようとする学者 にとって、ドーア文庫は重要な素材を提供する。とりわけ、外国の日本研究者が日本において研究を行う際の拠点として北海道大学が役立つことが期待されてい る。このように、ドーア文庫の開設は、北海道大学が国際的な知的交流の中心として発展する上で、記念すべき事業である。

(「楡蔭」117号 (2004.2)」より)