本は脳を育てる ~北大教職員による新入生への推薦図書~ 

推薦者 :  戸田 聡      所属 :  文学研究科      身分 :  教員      研究分野 :  古代キリスト教史
いかに生きるか ―附属図書館企画「少年よ、学部を選べ」に寄せて―
タイトル(書名) 『余の尊敬する人物』 他
著者 矢内原忠雄 他
出版者 岩波書店 他
出版年
ISBN 023106067X
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推薦コメント

学内の知らせで、「少年よ、学部を選べ」という附属図書館企画があることを知ったが、この文章の主たる対象読者は既に学部を選んでしまっている学生諸君であるだろう。とすれば、今さら「学部を選べ!」と言われても「は?」といった応答しか返ってこないであろうことは必至である。むしろやはり、「生き方を選べ!」とか(ちと高圧的か?)、「いかに生きるか?」といった見出しで書くほうが、どのみち同じ内容だとしても、まだしも受け入れられやすいのではなかろうか。

 などと書きはしたものの、自分の人生論をぶつことができるほど筆者(戸田)は老成しているとも自分が完成しているとも思っていないので、「ならばこんな文章を書くな!」と言われてしまいそうだが、しかし、お薦めの人生論が全くないわけでもないので、そのあたりを少し書いてみようと思った次第。

 迷える羊たる学生諸君には、仮にものを言う機会があれば(現実にはほとんど皆無なのだが)、伝記(当然ながら、ノンフィクションの、である)を読むことを勧めている。しかもその際(と、ここから先を言うことは、現実にはこれまで絶えてなかったのだが)、当人がどういうふうにして生きたか(つまり、ありていに言えば、伝記の主人公の生計状況)が書き記されているものがあれば、それがお薦めであると言いたい。というのも、人間、いかに偉そうなことを言ったところで、食えなければ仕方がないわけであり、偉そうなことを言いながらその言動に反する身すぎ世すぎをやっているのでは、その言動を果たして信用してよいかどうかが怪しくなってくるように思われるからである。そして、作家及び作家志望の人々には申し訳ないが、生き方を考えるために文学(つまりフィクション)を読むことを私が勧めないのも、この点にかかわっている。リアリティを支えるリアルの核心、それはやはり、どうやって飯の種を稼ぐかということであり、それは想像の飛躍にとっては足かせともなるのだろうが、しかし現実を見据えるためには避けて通れない部分であると思う。

 という観点から見た場合、標題に掲げた(つまりお薦めの本である)矢内原忠雄『余の尊敬する人物』(岩波新書)は、書中で紹介されている人々の生計状況を詳しく書き込んでいるわけでは必ずしもない。この点は同著者の『続 余の尊敬する人物』(岩波新書)でもまた然りである。ならばなぜこれらの書を薦めるかと言えば、矢内原氏の場合、何よりも氏自身がどのように生きたかが、少なくとも或る程度は明確にわかるからである。この点に関しては例えば将基面貴巳『言論抑圧 矢内原事件の構図』(中公新書)が参考になる。この本が扱っているのは、副題にあるようにいわゆる矢内原事件であり、その事件の結果大学を逐われた矢内原氏がその後どのように生きたかを記しているわけではなく、想像するにたぶん、無教会主義者だった矢内原氏は、同信の人々を対象として発行していた雑誌による収入などで生計の資を得たのではないかと思われるが、ともあれ、少なくとも矢内原氏は、言動と現実の生き方とが決して離反していなかったと言ってよいと思われる。つまり実は、伝記を薦めるとは言いながら、私がここで薦めているのはまず、お薦めの本を書いた矢内原忠雄(1893-1961)という人物その人について見聞し、あれこれ思いを致してみることなのである。

 ついでに言えば(改めて言うまでもないかもしれないが)、無教会主義者の日本人として最も有名なのは内村鑑三(1861-1930)であり、そして周知のように内村は、北海道大学の礎となった札幌農学校に於いてかのクラーク氏の薫陶を(新渡戸(太田)稲造などと共に)受けた人物である。さらについでに言えば、内村にも伝記的著作として『代表的日本人』(岩波文庫)がある。

 そしても一つついでに言えば、実はそもそも、生き方を考える若者に伝記を読むことを勧めること自体、確か矢内原忠雄氏が言っていたことだったように記憶している(今手元にないので確認できないが、氏の『私の歩んできた道』(東京大学出版会)の中にそのような言葉があったのではなかろうか)。

 最後にもう一つ。もし矢内原氏の文章・言葉を読んで、多少とも惹かれるものがあったなら、さらに氏の他の著作を読んでみることをお勧めしたい。というか、実はこれもまた、(やはり手元に本がないので今すぐには確認できないが)矢内原氏の勧めではなかったかと記憶している。すなわち、自分の好む著者が見つかったなら(もちろん、矢内原氏でなければならないわけでは必ずしもない)、その著者の著作をいろいろ読んでみるのが良い、と。これは読書だけでなく、その他の事柄(例えば音楽であれ絵画であれ)についても言えることだろう。自分の好みを見定めることができたなら、それ自体が既に、人生における大いなる収穫だと言えるのではないだろうか。今どきの学生諸君は他にもいろいろやるべきことがあるのだろうが、ぜひこのことも、学生である間にチャレンジしてみてほしいと心から希望する。

※推薦者のプロフィールは当時のものです。

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