推薦者: 中村 重穂
所属: 国際連携機構国際教育研究センター
長編の魅力ここにあり
タイトル(書名):
チボー家の人々
著者:
ロジェ・マルタン・デュ・ガール
出版者:
白水社
出版年:
ISBN:
4560070385
北大所蔵:
推薦コメント
実は僕は長編小説(特に日本の)を読むのは苦手である。登場人物が多くなるので関係を覚えきれない、というより覚えるのが面倒くさいという怠惰な精神のせいなのだが、その結果として山岡荘八『徳川家康』、中里介山『大菩薩峠』、塩野七生『ローマ人の物語』、埴谷雄高『死霊』と、挫折した作品は死屍累々である。その割に西洋文学の長編はなぜか日本文学ほど抵抗なくダンテ『神曲』、デュマ『モンテ・クリスト伯』、そしてこの『チボー家の人々』は結構夢中になって読めた。特に『チボー家の人々』は第一次大戦期のフランスという一種重苦しい時代を描きつつも主人公となる、アントワーヌ、ジャックのチボー兄弟とジャックの友人であるフォンタナンの3人の造形がしっかりしていてこれらの登場人物の魅力に引きつけられて読んだという面が強い。同時に今にして思えば、カトリックのチボー家とプロテスタント(本文ではユグノーとも書かれている)のフォンタナン家の宗教対立を背景とした微妙な絡まり合いが伏線としてこの作品を貫いていることも内容に深みを与えていると感じられる。青年期の多感な若者たちがどのような問題と向き合いいかに成長していくか、は洋の東西を問わず重要なテーマであるが、この作品ではチボー家の父の死を転機として時代が急展開し第一次世界大戦に入っていく。その中で3人が三様に戦争で傷つき命を落とす形で終盤へと一気に展開が加速していく。家族、若さ、男の友情、兄弟愛、男女の愛、宗教をめぐる葛藤、そして戦争に赴く若い命、こういった現代にも通じる問題を飽きさせることのない展開で一気に読ませる著者の筆力にはあらためて感動する。そこには、この本を達意の日本語に訳した訳者・山内義雄氏の多年にわたる努力があったことを忘れてはならない。よい訳者を得て優れた文学が日本語で読めるということの幸せを感じることができるだろう。
今は白水社Uブックスで読める様になっているが個人的には黄色い表紙の5冊本が懐かしい。
今は白水社Uブックスで読める様になっているが個人的には黄色い表紙の5冊本が懐かしい。
※推薦者のプロフィールは当時のものです。