本は脳を育てる ~北大教職員による新入生への推薦図書~ 

推薦者 :  小林 和也      所属 :  高等教育推進機構オープンエデュケーションセンター      身分 :  教員      研究分野 : 
図書館の役割と人文学の勝利
タイトル(書名) 図書館大戦争
著者 ミハイル・エリザーロフ
出版者 河出書房新社
出版年 2015
ISBN 4309206921
北大所蔵 北大所蔵1 
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推薦コメント

 「理系」が英語で論文書いているのに、「文系」は英語も碌に書けやしないなんて酷い悪口があったものですが、そんな時にはロシア語はできますかと聞き返しましょう(私はロシア語できません)。「理系/文系」なんておかしな二分法を用いてマウントしてくる人もまた碌な人はおりませんが、人文学部廃止なんて物騒な噂もあり、将来に不安を抱えている学生さんもいるかもしれません。しかしそんなことは杞憂に過ぎないのです。もし不安であれば、それはあなたの人生にまだ「意味が生まれていない」からなのです。これは危険なカルトへの誘いでしょうか。違います。文学はカルトとは異なるのです。英語に対してロシア語を、将来の不安に対して意味を打ち立てるためにエリザーロフの『図書館大戦争』を読みましょう。

 本邦では別の図書館における戦争があったようで、本書の邦題もその争いに引っ張られていますが関係ありません。原題は『司書』と訳すべき「Библиотекарь」となっているそうな(私はロシア語を解しません)。では「司書」とは何か。それは本を管理する選ばれた人々です。彼らは共産時代の無名作家グロモフの本の「効能」を知った人々であり、7種類の本を賭けて戦われる闘いの兵士なのです。文学はカルトではありませんが戦いではあるのです。グロモフの残した小説は、労働者の勝利を謳う凡庸な共産小説で、結局それは文学の願いであって現実のソ連を描いたものではありませんでした。しかし本は古き良きソ連などではなく、「ありえたかもしれないソ連」として本来存在しなかったはずのものへのノスタルジーを力とし、様々な効能を発揮します。記憶の書を皮切りに、力、権力、憤怒、忍耐、喜び、そして意味の書の存在が示され、本によって力を得た歴史の敗残者たちが本をめぐる闘争を繰り広げます。寝たきりだったはずの3000人の老婆たちが力の書を得て暴れだす。皆お手製のマッドマックス的な武装で身を固め肉弾戦に応じ、戦死者は、現実のロシア当局にグロモフの本をめぐる組織「図書館」の存在を隠蔽するという「読書室」共通の利害の下で、秘密裏に葬られます(例えば溶けた鉄と混ぜられる等…)。主人公はこうした謎のグロモフ本をめぐる戦いに巻き込まれていきます。

 しかし戦いに死と恐怖はつきもの、彼がまだ本を読んでいない時、命を失うことが怖くないのかと戦いの意義を「読書室」故山のメンバーに尋ねるわけですが、曰く怯えるのはわけもないこと。なぜならあなたは本を読んでいないので、まだ「あなたの人生には意味が生まれていない」から怖いのだというわけだ。壊れゆくソ連邦と急速に変わりゆく共産圏において、その中を生きていくためには、本によって結ばれた人々の共同体の友愛と陰謀が必要だったのです。彼らは来る日も来る日も本を読み、耐え、そして力を得て戦った。

 こうした先駆的覚悟性(ハイデガー)は、怖い側面もあり一概にいいものではもちろんありません。また「ありえたはずの」前時代的光景について、修正主義であるとの批判は確かに可能で、実際にそうした論評もあるらしい(私はロシア語が読めない)。こうした言葉をめぐる修正主義の問題は、我々とて無縁ではありませんし、「理系/文系」言説などよりも重大な人文学の危機です。しかし人文学が、何を忘れ、何を思い出し、何を思考し続けようとするものであるのか、そのこと自体を問う学問であると敢えて規定するならば、デマはデマであると言い、駄法螺は駄法螺であると言わねばならないのです。また登場人物たちが殉じたものは現実のソ連ではなく、ありえたはずのソ連の幻影でもなく、本の下に集った「現実」の彼らが生きていくため、つまり彼らの未来のためであったとするならば、文学、そして歴史とは、今日の我々の謀略を正当化するために幻影の過去を賛美するためのものではなく、何か別の「現実」のためものであるということがわかることでありましょう(フーコー的に言えば「別の世界」で生きるのではなく、この世界における「別の生」が問われているとでも言い得るだろうか)。

 最後、主人公は果てない「意味」のために書くことを強いられます。そうなのです。書くのです。書いて断ぜられ、そして残ったものが記憶されるのです。作中のように我々は血に塗れ華々しく死ぬわけではないだろう(そう願います)が、登場人物があっけなく死ぬように、我々もまたいつか死ぬ。どのみち。であれば法外にも存在した以上、人文学という本をめぐる戦いに身を投じて何の悔いがありましょうや。どのみちあなたは出会うのです(それは退屈や後悔や悲劇かもしれませんが、それをしてあなたは生きるわけだ)。そのための序曲として本書を読んでみてはいかがでしょうか。


 あれ、これは『ストーカー』を思い出しますね。本当の願いとは何か、意味とは何か、それを(マクガフィンと知りながら?)探していきましょう。

※推薦者のプロフィールは当時のものです。

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