本は脳を育てる ~北大教職員による新入生への推薦図書~ 

推薦者 :  橋本雄      所属 :  文学研究科(日本史学講座)      身分 :  教員      研究分野 :  歴史学
常識を突き崩してみよう。
タイトル(書名) 民族という虚構
著者 小坂井敏晶著
出版者 筑摩書房
出版年 2011
ISBN 4480093559
北大所蔵 北大所蔵1 
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推薦コメント

本書は、強いていえば、著者小坂井氏の〈本籍〉からして、社会心理学の成果と言えるでしょうか。しかしながら本書は、グローバル時代に生きる者すべてが参照すべき卓見に満ちあふれています。隣人・隣国とのより良い関係のために書かれた書として、歴史学にとっても重要な一書と考えます。
本書の「あとがき」によると、「生物学・社会学・政治哲学など広い領域に触れ、学際的試論の性格を持つ」、真に学際的な成果です。また、「民族同一性の脱構築を試み、近代的合理主義を批判する」ことを目指したものだともいいます。そのいずれにおいても成功を収めた快著だと私は考えます。
もちろん、本書が指摘するように、民族の記憶が捏造・歪曲されたり、民族など所詮は虚構や宗教に過ぎない、という意見はかねてより主張されてきました。しかし、だからそれは間違っている、解体・否定すべきだ、という単純な結論に本書は進みません。民族・国家・ネイションといった近代的な概念を、ただ「脱構築」して済ませるのではなく、「虚構」の効用を積極的に語り、〈開かれた共同体〉への具体的な提言を行なうところに、本書の真骨頂があるのです(ネタバレになるので、これ以上は書くのを控えましょう)。
最近、文化交流史の勉強に傾いている私個人としては、任意の集団・共同体が異文化を受容する際のメカニズムを論じた部分に、とくに惹かれました。でも、これって、いつの時代の、どこでも起こりうることですよね。
それでは、そもそもなぜ集団や社会は異文化を受容するのか? マジョリティは自身の価値観に安住していれば安全・安心ではないか?――この点を考える上では、やはり同書が紹介・依拠する、「少数派影響理論」が参考になります。社会の変動や変革は、少数派によってこそもたらされる、という仮説です。マジョリティ(集団の内部・中心部)は、知らず知らずのうちにマイノリティ(外部・周縁部)の影響を深く受け、やがて変容を遂げていく傾向をもつ。外来の情報は、そうした変化の、静かな原動力となるわけです。
この仮説を検証するためにも、我々歴史学徒はマックス=ウェーバーの潜みにならって、実証研究を行なっていかねばならないのです。

※推薦者のプロフィールは当時のものです。

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