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中島義道氏は、いろいろなところで一人っきりで哲学書を読むことの危うさを論じ、ご自身の「哲学塾カント」のホームページでも「哲学書を正確に読み解くには独特の技術が必要で、いい加減なわかり方ほど危険なことはありません。」と書いている。その中島氏がカント『純粋理性批判』の「アンチノミー論」を中心に据えてカントの-そしておそらくは中島氏の考える、「哲学書」の-読み方を実践したのが本書である。
この本は、難解な哲学書である(と思われている)『純粋理性批判』について意外にわかりやすいことを書いているのだ、というスタンスからカントの行論を追いつつ具体的にどのように、どこに注意を払って読んでいけば「噛み砕く」ことができるのかをかなり丁寧に解説してくれている。と同時に、カントがわからないのは読者のせいばかりではなく、カントの書き方の中に「思い込み」や「こじつけ」がある、ということをきちんと指摘している点は特筆に値する。(日本だけなのかどうかわからないが、大学の哲学科のカント研究者の先生方の中には「カント命!」という人が結構いて、カントの言うことを正しいものとして筋道を付けて説明できないといけないと思っている人がいる。そういった先生からは、カントの書き方のまずさなどということは教えてもらえない。実は僕の先生もそういう人で、もう時効だから書くと、学部時代のレポートでカントのカテゴリー論にどうしても納得がいかずそのことを書いたら、後で今でいうパワハラをされた。)
ただ、そうした中島氏の努力にもかかわらず、著者の試みが成功したかどうか、その判断は難しい。このレベルまで「噛み砕く」読み方を教えてもらってもやはりある程度の基礎的な哲学的背景の理解と、相当の思考力を用いないとこの本自体を理解するのは大変である。その意味では『純粋理性批判』はどこまでも難解な書であることがあらためてわかるのがこの本の読後感であろう。それでも、既存のカント解説書よりは”読みの実践”を可視化してくれている点で、『純粋理性批判』に挑戦しようとする人に一定の導きの糸になることは間違いない。『純粋理性批判』に限らず、哲学の原典を読むことがどのようなものかをのぞいてみたい人にも一読をお勧めしたい。 |