本は脳を育てる ~北大教職員による新入生への推薦図書~ 

推薦者 :  戸田 聡      所属 :  文学研究科      身分 :       研究分野 : 
日本人と全く関係のない或る昔の文明世界のお話
タイトル(書名) ビザンツ世界論
著者 ハンス=ゲオルク・ベック
出版者 知泉書館
出版年 2014年
ISBN 4862851827
北大所蔵 北大所蔵1 
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推薦コメント

「日本人と全く関係のない或る昔の文明世界」の話だって? そんなもの読む暇ないよ! と思う人は以下を読まなくてよろしい。しかし、実益ばかりが強調される今の時代だからこそ、こういうものだってあると言ってみたくなる。
 この本でとりあげられているビザンツ帝国は、かの輝かしきローマ帝国の後継国家(正確には、ローマ帝国の断絶なき継続)として、西欧史で言われる中世のほぼ全時代を通じて存在した国家・帝国であり、日本とは全く関係がない。しかも、現代人(特に現代日本人)はそもそも古典(つまり、共通の教養基盤)なるものを顧みなくなって久しいが、ビザンツ帝国の人々は、古代ギリシアを無比の古典として尊重し、あまりに尊重しすぎた結果、その重みにほとんどひしゃげてしまうほどの様相を呈している。つまりビザンツ人たちは、メンタリティーにおいても現代人とは対極に位置している。そしてさらに言えば、ここで紹介しているこのドイツ人学者ベックの本は相当難しい。並の大学生ならまず途中で放り出すだろう(たぶん、並の大学院生でも)。
 我々現代日本人に全く無縁な、そんなものを読む意味があるのか? しかし私はむしろ、だからこそ読む意味があると言いたい。人間の教養の幅、さらには人間の幅それ自体と言ってもよいかもしれないが、それは、その人がどれほどのものを自らわきまえているかによって決まってくると言える。ここで、必ずしも直ちに「知る」=「わきまえる」ではないかもしれないが、しかし「知る」ことが「わきまえる」ことの必要条件であることは間違いないだろう。そして、自分が既に知っていることを反復するだけでは(例えば、わずかな語彙を使って友人たちと携帯メールのやりとりをしているだけでは)、自分の知識の幅は決して広がらない。つまり人間は、自分という人間の幅を広げたければ、自分の知らないものを貪欲に取り入れていくことが必要なのである。この点だけから見ても、日本人と全く無縁なものに取り組むことには意味がある。
 しかも、ベックのこの本は、一つの文明世界を様々な角度から描き出しているという点で出色であり、これほど多様な視点から文明世界を描き出したものを、少なくとも私はほかにあまり知らない。しかも、ベックという学者がビザンツ帝国の研究者の中で異色を放つ存在だったことに呼応して、描き出されたそのビザンツ世界像は、独特の相貌を帯びていると言ってよい。これを一言でこうだと言えないのは私の表現力不足のゆえだろうが、彼一流の皮肉を交えて描かれるベックの文章は、それ自体が味わいあるものだと言える。「文明人は皮肉を言う」のだそうであり、ベックの皮肉は、或る意味で皮肉屋が跋扈する世界だったと言ってよいビザンツ世界を数十年にわたって研究した者の皮肉である。無知で無教養な日本人は、少しは彼の皮肉の毒を浴びたほうが良いのではないか、と私は思う(もっとも、皮肉という事柄自体の性格からすれば、それが皮肉であると理解すること自体が必ずしも容易でないのだが)。
 要は、とにかく一度読んでみてほしい、ということである。自分の知らないことへと探究の歩を進めようという志のある、知的に野心的な人に対して、私は語っているつもりである。

※推薦者のプロフィールは当時のものです。

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