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詩人・金子光晴は、昭和初期に妻とともにパリに渡って住み着く。この本は、そのパリ生活の記録であるが、金の工面に困った金子はそれこそ何でもありの阿漕な金稼ぎをして糊口をしのぎ、社会の底辺を這い回るようにして生き抜いていく。同時に、パリという異文化の中で、同じように底辺にうごめく日本人や異国人、そしてフランス人たちの生活を驚くほど鋭い観察眼で活写していく。ここに描かれるパリ(フランス)の姿は、「芸術の都」として近代の日本人エリートが憧れた世界とはほど遠く、様々な葛藤を抱えて死んでいく人間の描写も多い。こうしたことは、昭和初期のパリ特有の状況だとも言えると同時に、異文化という環境の中では今日でも起こり得ることであり、近年巷間で言われる「異文化体験が人を成長させる」あるいは「異文化間コミュニケーションはおもしろい」などの“脳天気な”言説を考え直す契機ともなるだろう。
この本を読んで、何か得るものや考えるところがあった読者には、この本と三部作を為すとも言える『どくろ杯』、『西ひがし』も併せて読んでみることをお薦めする。 |