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ジェイムズ・ヒルトンといえば『チップス先生、さようなら』で広く知られているけれども、この『失われた地平線』は、彼のもう一つの代表作とも言える、不思議な雰囲気をたたえたユートピア小説である。第一次大戦後の動揺するインドからヒマラヤを舞台に、英米人の主人公たちが思いがけない事件に巻きこまれて一種の理想郷的世界に紛れ込んでいく。特に、この小説の後半をしめるラマ教寺院の院長とイギリス人外交官の対話、そこから急転する脱出劇は読むものを引きつけて放さない面白さがある。(この小説に出てくる「シャングリラ」ということばは後に“理想郷”を示す代表的表現となった。)
私事を書いてしまうと、この小説が二度目に映画化された時(1972年)音楽担当がバート・バカラックで、バカラックのファンだった僕は、そちらの理由でこの本を読んでみたいと思い、わざわざ新宿・矢来町の新潮社まで出かけていって文庫本を買い求めたのだった。(ちなみに、この映画音楽のLPのヴォーカルが、先日亡くなったホイットニー・ヒューストンの母親、シシー・ヒューストンである。)
この小説は、過去3冊の訳本(渡辺久子訳、増野正衛訳、安達昭雄訳)があったが、さらに昨年秋に池央耿訳が出た。今は池訳しか入手できないけれど、個人的には上記新潮社版の増野訳をお勧めする。
なお、この小説の最初の映画化(1937年)のDVDも北図書館にあることを付記しておく。 |