本は脳を育てる ~北大教職員による新入生への推薦図書~ 

推薦者 :  岸本晶孝      所属 :  理学研究科      身分 :       研究分野 : 
人は弱いものらしい
タイトル(書名) The Lucifer Effect -- Understanding How Good People Turn Evil
著者 Philip Zimbardo
出版者 Random House
出版年 2007
ISBN 1400064112
北大所蔵 北大所蔵1 
クリックすると北大OPAC(蔵書検索)で該当図書を別窓で表示します。

推薦コメント

最近の日本政府は先の大戦で我国の犯した残虐行為を軽視する傾向にあるようです。先ごろも、「従軍慰安婦の募集は軍部の強制によるのではない」という発言をしたひとが、米国で物議をかもすと、わざわざ向こうの大統領の前で釈明し「その謝罪を受け入れる」というお墨付きをもらうという訳のわからないことがありました。
 正直なところこの問題は当時の日本の犯した犯罪行為としては軽微な方だったのではないかと思われます。それよりも、たとえば強制労働のほうが問題です。これは規模も大きく死亡率も(他国の同様の場合と比べ)かなり高かったようです。さらに、これが深刻な問題を提示していると思うのは、民間軍部を問わず労働者を管理する側の人々に(直接の接触から生ずるであろう)人情や道徳心の欠如を疑わせ、いわば当時の(そして今に続く)日本人の「人間の品格」に疑念をいだかせるからです。謝罪と補償ですむ問題でなくなってきます。政府の弁明はややもすれば当時の政府軍部の擁護に向かいますから、弁明の度に当時の人々がどうしようもない「鬼畜」のごとき存在として浮かびあがってきます。とくに敗戦前の修身教育への郷愁を聞かされると、それにもかかわらず、他人への労りを示せなかった人々をどう解釈すればよいのでしょうか。
 戦争とはもちろん破壊と殺戮を目的としていますから、それに付随してさまざまな残虐行為が生じても不思議ではないでしょう。アメリカのイラク占領においても、アブグレイブ監獄の拷問・虐待事件がおきました。数枚の写真に囚人とおさまった看守(役の予備役軍人)の屈託のない笑顔をみると、なんとも理解に苦しみます。(この事件は、日常生活から急にイラクに放りこまれた素人集団が写真にとるという愚を冒したために明るみ出ただけで、玄人集団による無数の同様の行為は闇に葬られそうです。)どうも、人間は状況の渦に翻弄される一葉に過ぎないようです。普通のひとが状況しだいで或いは悪鬼となり或いは英雄となります。この本は著者(社会心理学者)による有名な刑務所実験の詳述とさまざまな例によってそれを徹底的に教えてくれます。(それとともに、その渦に巻き込まれないための心構えも。)上記のような事件を根絶するためには、そういう状況を作り出したひとの責任を問うべきことを著者は主張し、Bush氏を初めとする政府軍部の高官を法廷に立たせます。つまり、彼らは、国家安全保障を錦の御旗として、通常の捕虜犯罪者に対する人権も認められない人々(人間以下の人々)が存在することを正式に容認し、それに該当しないとされる人々への人権侵害をも助長したとみなされるからです。(ただし、有罪無罪の評決は読者に任されています。)
 道徳教育の刷新よりも、ひとを罪の意識なく悪に引きずり込むような状況を生み出さないような制度の構築のほうがひとの為になりそうです。特に「人権メタボ」などと言って、人よりも国を上位におきたがるひとが教育責任者の信条とあればなお更のこととおもいます。

※推薦者のプロフィールは当時のものです。

Copyright(C) Hokkaido University Library. All rights reserved.
著作権・リンクについて  お問い合わせ

北海道大学附属図書館
北海道大学附属図書館北図書館