本は脳を育てる ~北大教職員による新入生への推薦図書~ 

推薦者 :  岸本晶孝      所属 :  理学研究科      身分 :       研究分野 : 
宗教と科学
タイトル(書名) The God Delusion
著者 Richard Dawkins
出版者 Bantam Press
出版年 2006
ISBN 0618680004
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推薦コメント

ドーキンス氏はこの書において、神が存在しないことがその存在することよりも圧倒的に確からしいことを、進化論的観点から示します。(ただし、ここでいう神とは、万物を創造し人間に賞罰を与える超自然的存在のことで、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神が想定されています。)しかし、有史以来、人類は宗教とともに歩んできたようです。宗教を信奉するひとが無宗教のひととの相克に勝ち抜き、自然淘汰の試練を潜り抜けてきたからには、少なくとも宗教に存在価値があるからではないかという疑問が起こります。著者は、それが危険に満ちた環境での人類の生存に適した心理の発展から付随的に発生したものに過ぎないことを推論します。たとえば、子供は親の言い付けを素直に守るほうがそうしないより生存しやすかったでしょうから、それが「権威に服従する」という遺伝子になって代々伝わっていくことになります。その心理に付け入ったのが神という概念だというわけです。いまや、科学的態度と合理的思考を身に着けた人類はその迷妄から目覚めることができます。宗教が不要であるばかりか全世界に騒乱の害毒を流し、宗教の教えなどにかかわらず人類のいだく倫理観がほぼ着実に人道主義の方向に進展してきたことを思えば、その覚醒は時代に要請されているといえます。
 ダーウィンの進化論はアメリカでは(ときにドーキンス氏の英国でも)今も物議を醸しています。聖書という古い書物の記述が多くのひとの心の中に張り付いていて、進化論という異物の進入に我慢ならないようなのです。これについては、確か山本七平氏の話だったと思うのですが、次のような話を思い出します。氏が先の大戦の敗戦によって捕虜となったとき、米軍のある将校が「お前たちは天皇が神だと信じているというのか。それでは天皇の祖先も猿だということを講義してやろう」と言ったというのです。敗戦前の日本人でも進化論という輸入学問は知っていて、同時に天皇は現人神だということもすごく真面目に信じていたらしいのです。いまでもこういう矛盾に気づかないという論理の網の疎漏さは残っていて、単純化すれば、日本人は、その内面にいろいろな知識を色紙の切れ端のように張り付けているばかりで、ひとつの図柄を描くという努力を怠っているようなのです。それがときに災厄を招くことは、敗戦にいたる(多分ひとつの色紙だけが心にしっかりと貼り付けられた)日本人の発狂ぶりに見ることができます。
 著者がかくも大胆に無神論を推奨するのも啓蒙思想以来培われてきた知的体系を構築するという意識的営為の結果なのでしょう。上記の積極的無神論の主張には必ずしも賛成しないひとも多いと思いますが、それではどう世界観を構築するのか、「知的分裂」に陥らないようにその対案を考えてみるという努力を始めてみてはどうでしょう。日常の行動は占いに頼り、正月には神社に詣で、結婚式は教会で、葬式は坊さんを呼ぶというのでもいいのでしょうが、その行動に確固とした論理的裏づけを作らなくては、ただ「権威に服従する」という遺伝子に踊らされることになります。まず手始めにその一例を知るために、この書を読破されるよう推薦します。
 Dawkins氏は「世界の三碩学」の一人だそうです(他の二人はUmberto EcoとNoam Chomsky)。氏は他に「利己的な遺伝子」「盲目の時計職人」など多数の書を著しています。

#『利己的な遺伝子』の増補新装版も出版されています。(北分館2007/07/05)

※推薦者のプロフィールは当時のものです。

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