平成14年度北海道大学附属図書館講演会記録
「情報リテラシーと大学図書館」要約
 
青山学院大学文学部専任講師 野末 俊比古
 
はじめに
  インターネットの時代に入り、大学図書館は変革期を迎えている。
  読みたい本や雑誌が自宅や職場からいつでも読める環境になれば、図書館はいらなくなるか? 図書館としてこれにどう答えていくかが問われている。これは、私自身のテーマでもある。
  インターネットは、「はやい(最新の情報がすぐに入手できる)」「安い(コストが低い)」「うまい(情報の再利用や検索が容易)」「24時間営業」「品揃えが豊富」「定員なし(何人でも同時に利用可)」など、利用者にとって多くの利点がある。しかし、得られた情報の安全性、信頼性、典拠性などをめぐる問題もある。インターネットの持っているこれらの側面について、図書館は、どのように対応していくかを考える必要があるが、こうした議論は、そもそも「使えたうえでの話」であり、ここでは「使えないこと」をめぐる課題から考えてみたい。

インターネットとデジタルデバイド
  2000年が「IT革命元年」と言われることがあるが、IT(Information Technology)は、欧州などのようにICT(Information and Communication Technology)というのが適切である。「革命」とまで呼ばれるのは、「Communication」の部分、すなわちネットワークを介して離れた人とやりとりがいつでもできるようになったためであり、2000年にインターネットが一定以上普及したことが「元年」と呼ばれる理由であろう。つまり、ITの「主役」はインターネットだと考えてよい。
  現在、日本のインターネット(携帯電話やゲーム機などを含む)の利用者は、5600万人(平成13年末)であり、人口比率では44%に上っている。しかし、利用者層には偏りがあり、そもそも「使っていない人」が半数以上いるのである。
  インターネットが普及した社会では、情報を持っている人は利益を得られる(または不利益を被らない)が、持っていない人は利益を得られない(または不利益を被る)、という情報格差、いわゆる「デジタルデバイド」の問題が生じている。情報格差は、インターネットが普及する以前からあった問題である。情報格差の要因としては、①メディアを使う場所がない(情報にアクセスする環境にない)、②情報(メディア)の活用能力が不足している、という二つが挙げられるが、「デジタルデバイド」と言われる最近の情報格差は、特に②の要因が強調される。つまり、情報をうまく探す、うまく使うための知識や技術が不足しているため、使える環境にありながら必要な情報を手に入れることができず、結果として情報格差が生じているのである。ここでいう「情報を使うための技術や知識」が「情報リテラシー」と呼ばれているものであり、その習得を支援することが求められているのである。

情報リテラシーの概念
   「情報リテラシー」という言葉は、1974年に初めて使われたが、当初は、スローガン的なものであった。ビジネス・産業の世界でコンピュータが出現し、それを使えることが必要であり、そのための人材養成が重要であるとの主張がなされたのである。
   1980年代は、情報リテラシーとは何かを考え、その育成・教育が大学等でさまざまに試みられ、また、研究も進んだ時期である。情報リテラシーは、職業の世界だけでなく、日常生活全般において必要なものへと拡大して考えられるようになってきた。すなわち、コミュニティで生活していくのに必要とされる能力、いわゆる「機能的リテラシー」の枠組みのなかでが捉えられるようになったのである。
  1990年代は、情報リテラシーの必要性は認識したうえで、情報リテラシーがどのような要素から構成されているか、何をどのように指導、学習していくか、といった点に議論の重点が移っていった。
  米国図書館協会(ALA)では、1989年、「情報が必要なとき、それを認識し、必要な情報を見つけ、評価し、利用する能力である」と定義している。ほかにも「情報リテラシー」については、さまざまな定義づけが試みられているが、共通するのは「情報を主体的に使いこなす力」というところであり、それ以上は分野や文脈に依存して決まる。したがって、どのような分野・文脈で語られているかを確認する必要がある(野末俊比古「第5章 情報リテラシー」田村俊作編『情報探索と情報利用(図書館・情報学シリーズ2)』勁草書房,2001.7, p.229-278)。

大学図書館の学習支援機能
  大学改革のなかで大学図書館がどのような学習支援機能を持つかを検討するため、昨年、全国の四年制大学に対してアンケート調査を行なった。いくつか興味深い結果があるので紹介したい(三浦逸雄ほか『大学改革と大学図書館の学習・教育支援機能−アンケート調査結果−』東京大学大学院教育学研究科図書館情報学研究室,2002.3.http://www.cl.aoyama.ac.jp/~tnozue/ugl/)。
  「大学改革の中で図書館への影響が大きかったものは何か」という設問に対する回答としては、「学内LANの構築」「情報関連施設・機器の充実」「情報関連科目の導入・拡充」といった情報化関連の項目が上位になった。また、「大学改革のうち、情報化の推進は、図書館のどういう側面に影響があったか」という設問に対しては、「情報サービス」および「施設・設備」において顕著な影響があった、という結果になった。「学習・教育活動を支援する図書館サービスの実施状況」を尋ねたところ、「新入生オリエンテーション」「図書館内での文献利用指導」「授業における文献利用指導」などが高い割合で実施されていることが注目された。大学においても情報リテラシーに関する問題は重要であり、図書館も大いに関係を持っているし、持ちうるのである。
  図書館リテラシー(図書館や図書館の資料・情報を使いこなすこと)が情報リテラシーの一部であると位置づけるなら、図書館リテラシーを、より広い文脈、つまり情報リテラシーという観点から捉え直したうえで、指導、育成に当たる必要がある。すなわち、従来は個別に行なわれてきたオリエンテーションや図書館・文献利用指導などを体系化、再構築し、大学全体の情報リテラシー教育カリキュラムのなかで、図書館がどの部分を受け持つ(べき)かを検討していくことが求められているのである。

ガイドライン策定の動向
  米国では、大学図書館が情報リテラシー教育に積極的に関わっている(野末俊比古「米国における利用者教育の方向:大学・学校図書館の基準を中心に」『カレントアウェアネス』no.268, 2001.12, p.9-12. http://www.ndl.go.jp/jp/library/ current/no268/doc0008.htm)。米国大学研究図書館協会(ACRL)は2000年、「高等教育のための情報リテラシー能力基準(Information literacy competency standards for higher education)」を策定し(http://www.ala.org/acrl/ilcomstan.html)、2001年には、この基準を受けて、「情報リテラシー教育の目標:大学図書館員のための文案(Objectives for information literacy instruction: a model statement for academic librarians)」を公表している(http://www.ala.org/acrl/guides/objinfolit.html)。図書館が実際にプログラムを作るうえで参考となるものであり、図書館が情報リテラシー(教育)に積極的に関わり、その機能の核に情報リテラシーを位置づけようという姿勢を示したものであると受け止めたい。
  日本でも1998年、日本図書館協会(JLA)が「図書館利用教育ガイドライン:大学図書館版」を発表している(JLA図書館利用教育委員会編『図書館利用教育ガイドライン合冊版』JLA, 2000. 所収)。これらを一つの「たたき台」としつつ、図書館界として経験やノウハウを共有しながら、情報リテラシー教育への取り組みを進めていくことが期待される。

おわりに
  情報リテラシー教育は、情報をめぐる利用者のニーズ、行動スタイル、リテラシーなどを調査、分析し、それらを踏まえたうえで、実施していくことが重要である。そして、「何を」「どこまで」「どのように」指導していくのか、大学全体の体系のなかで、各々の大学(図書館)の実情に合わせて検討、実施していくことが課題である。

(本稿は、平成14年10月17日に開催された北海道大学附属図書館講演会の講演内容を要約したものである。)



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