ナップスター訴訟が投げかけているもの
                                                   
                                                    法学研究科教授 田村善之

  インターネットを経由するだけで世界中のパソコンに保存されている音楽ファイルを自由に交換できるナップスターというサービスをめぐって、アメリカのレコード会社が「著作権で保護された楽曲が無断でやりとりされている」と訴えていた事件で、今春,アメリカ合衆国の裁判で、レコード会社勝訴の判決を下されました。

ナップスター訴訟が提起した問題は何かを考えてみましょう。
 
 デジタル技術の進展は、夢のようなサービスを生み出すことがあり、ナップスターもその一つだといえます。ナップスター社のホームページにアクセスしてミュージックシェア・ソフト(ナップスター)をダウンロードすると、多数のユーザーが各自のパソコンに保存している音楽ファイル(MP3ファイル)を一覧することができ、これら自動交換用の音楽ファイルの中からほしい曲を検索し、自動的に取り込むことができます。
  ただし、ここに一つの問題があります。自由交換用に保存されている音楽ファイルの大半は市販の楽曲ですから、音楽ファイルの無料交換が盛んになれば、CDの売り上げはかなり落ちるでしょう。1980年代初めの日本でレンタル・レコード店が流行ったとき、レコードの売上げが落ちたことによく似た現象です。
 
  困るのはCDを発売しているレコード会社や、CDの売上枚数ごとに加算される印税収入が減少する作詩家、作曲家や歌手などです。音楽ファイルが無料で交換できることは,短期的にみれば、消費者にとっては利益となりますが、長期的にはどうでしょうか。収入が大幅に減少すれば、将来的には、作詩家、作曲家などになろうとする者はかなり減ってしまい、音楽ソフト自体が少なくなってしまうかもしれません。
  解釈論としては、少なくとも日本の著作権法の下では、こういったソフトを用いてインターネットで音楽ファイルを交換するユーザーの行為自体が著作権侵害になることを否定するのは難しいと思われます。しかし、「あるべき法はどのようなものか」という立法論として考えれば、世界中のインターネット・ユーザーのパソコン間で音楽ファイルを共有できるのはすばらしいことで、それを可能とする音楽ファイルの交換をいたずらに違法視するのは、せっかく開発された技術を使えなくすることでしかあり得ません。
  著作権法の究極的な目標が、著作物の創作活動を刺激することによって著作物の普及を促すところにあるのだとすれば、その目的を実現することができるように、技術や社会の環境の変化に合わせて、著作権法も変わっていかなければならないでしょう。たとえば音楽ファイルの交換は自由にできるとしつつ、それに応じた一定の対価が著作権者に環流するような技術的、法的仕組みを構築することが考えられます。
  著作権の保護の度合いを決めるには、著作権者の利益と利用者の利益に配慮して、もっとも皆の利益となる解決策は何かということを模索することが大切です。そういう意味で、ナップスター社の提供するサービスに対する判断は、一つの試金石となるように思われます。


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