電子ジャーナルをめぐる最近の話題                                                                        
附属図書館事務部長 坂上 光明 

はじめに
 最近、といっても2年ばかり前のことになりますが、著名な科学雑誌 Nature の1999年1月21日号に、”The Writing is on the Web for Science Journals in Print” (「Web上に書かれる論文が印刷物の科学雑誌に取って代わる」)と題する記事が掲載されました。この記事は、おおよそ次のような意味の衝撃的な書き出しで始まっています。「近い将来、印刷物の科学雑誌は科学史博物館で歴史的遺物として展示されるようになるかもしれない。印刷物を段階的に廃止して、科学論文を研究者のデスクトップにインターネット経由で直接配信する動きが決定的になりつつある。」
ここに書かれているように、この数年、電子出版技術とインターネットの発達とともに、従来は紙に印刷されていた学術雑誌の情報が電子的に記録され、インターネットを通じて配信される、いわゆる「電子ジャーナル」が急速に増加してきました。現在、世界中で提供されている電子ジャーナルの数は正確には分かりませんが、おそらく8000タイトル前後、あるいはそれ以上にのぼると思われます。つい最近、米国研究図書館協会(Association of Research Libraries: ARL)が刊行した電子ジャーナルのリスト、”Directory of Scholarly Electronic Journals and Academic Discussion Lists”には、ピアレビュー(論文審査)のあるものだけに限定しても、約4800タイトル以上が収録されているということです。(このリスト自体も印刷版とWeb上の追補版の両形態で刊行されていますが、上述の収録タイトル数はWeb版のものです。)3年前の1998年に刊行されたこのリストの旧版には2400タイトルあまりしか記録されていなかったことを考えると、ここ数年間の電子ジャーナルの増加がいかに急激であったかが分かります。
実際、自然科学、工学、医学などの分野では有力な学術雑誌はほとんどすべて電子ジャーナルの形で提供されており、電子ジャーナルを持たない学術雑誌は存続の危機にさらされているといっても過言ではないようです。
 本稿では、このように最近とみに増加しつつある電子ジャーナルをめぐるいくつかの話題を紹介することにします。

電子ジャーナルの特長
  電子ジャーナルは、従来の冊子体の学術雑誌と比べていくつかの特長を持っています。
その第1は発行の迅速性です。電子ジャーナルでは、冊子体学術雑誌の生産、流通に伴う組版、印刷、製本、輸送などの行程を省略することができるので、多くの場合、冊子体よりも早く利用できるようになります。最近、東京大学で Nature, Science, Journal of Biological Chemistry など数種のタイトルについて調査した結果では、これらの電子ジャーナルは冊子体が到着するよりも平均して2,3週間も早く利用できるようです。もちろん、すべての電子ジャーナルが冊子体よりも早く利用できるわけではなく、逆に冊子体よりも遅れて最新号の情報が更新される電子ジャーナルもないわけではありません。
 電子ジャーナルの第2の特長は、わざわざ図書館(室)に出向かなくても、インターネットに接続したパソコンさえあれば、学内の研究室等から24時間いつでも、また複数の利用者が同時に利用できるということです。この特長は、わが国の大学で多く見られる同一雑誌の重複購入の問題を考える上で大きな意味を持っていると思われます。
 第3の特長は、電子ジャーナルが冊子体の学術雑誌にはない多くの検索機能、リンク機能などを備えていることです。ほとんどの電子ジャーナル・サービスでは、同一機関が提供する複数の雑誌タイトルを横断して、著者名や研究テーマのキーワードから必要な論文を検索することができます。また、特定の論文中の引用文献リストから、引用された論文の本文を即座に参照することもできます。そのほかにも、冊子体のように保管場所や製本の必要がなく、そのためのスペースや経費を節約できることなど、電子ジャーナルの付随的な特長は少なくありません。
 もちろん、電子ジャーナルには長所ばかりでなく、短所や問題点もあります。たとえば電子ジャーナルの利用は、インターネットに接続したパソコンという特殊な設備や機器に依存しており、したがってこれらの機器のあるところでしか利用できず、冊子体のようにどこにでも持ち運んで気ままに利用することはできません。(冒頭に紹介した Nature 記事の筆者は、近い将来、携帯用の電子ブックで雑誌論文を電車の中でも読めるようになるだろうと書いていますが。)
 したがって、Nature の記事が予言するように、電子ジャーナルが冊子体の学術雑誌に取って代わるかどうか、またその時期がいつかということは議論が分かれるところですが、電子ジャーナルの比重が今後ますます大きくなっていくことはほぼ確実と思われます。

引用文献の相互リンクシステム
 先に紹介したように、電子ジャーナルの大きな利点の一つとして、引用文献どうしを相互にリンクすることにより、引用した文献から引用された文献を即座に参照することが可能となります。多くの電子ジャーナル提供機関が同一タイトルの雑誌論文の間だけでなく、同一機関が提供する複数の雑誌タイトルの間で引用文献の相互リンクを形成しています。さらに最近では、異なる電子ジャーナル提供機関の間でも引用文献の相互リンクを形成するプロジェクトが開始されています。
 このプロジェクトは CrossRef と呼ばれており、2000年10月現在、欧米の61の主要な学術出版社が提供する3100タイトル以上の電子ジャーナルの間で相互に引用文献のリンクが形成されています。これによって、たとえばエルゼビア・サイエンス社の提供する電子ジャーナル Brain Research に掲載された論文がシュプリンガー社の提供する Cell and Tissue Research の論文を引用している場合、前者の引用文献リストについている CrossRef というマークをクリックするだけで、提供機関の垣根を越えて即座に引用された後者の論文にアクセスすることができます。ただし、リンク先の論文を実際に参照できるかどうかは、利用者(の属する機関)がリンク先の電子ジャーナルを利用する資格を取得しているかどうかに依存しています。
 一方、一部の電子ジャーナル提供機関では、論文間の引用関係を、引用した論文から引用された論文へ、つまり現在から過去へ遡るだけでなく、特定の論文が発表された後に、それを引用した論文を過去から現在に向けて追跡し即座に参照できるように引用文献の相互リンクシステムを形成しています。たとえば、米国の非営利機関、HighWire Press 社は、学協会などに代わって200タイトル以上の電子ジャーナルを作成・提供していますが、これらの電子ジャーナルの間では(この中には、Journal of Biological Chemistry  Proceedings of the National Academy of Science のような著名な雑誌がいくつも含まれています)、ある特定の論文から、その後この論文を引用した新しい論文を追跡できるようにリンクが形成されています。(ただし、この引用リンクは現在のところ、HighWire Press 社が提供する複数の電子ジャーナルの間にだけ形成されているもので、CrossRef のように多数の出版社の電子ジャーナルを横断しているわけではありません。)
 このように論文の引用関係を利用して、ある特定の論文からそれを引用した新しい論文を検索するためのデータベースとしては、Institute for Scientific Information (ISI) 社の Science Citation Index (SCI) がよく知られていますが、HighWire Press 社の電子ジャーナルは、部分的にはそのような引用索引データベースの機能を代替してしまう可能性を持っています。このような電子ジャーナルが拡大していくか、または CrossRef のようなシステムが HighWirePress  SCI と同様の機能を備えるようになれば、研究者は既存の抄録・索引データベースを介することなく、関連主題の論文を探索できるようになるわけで、こうなると既存の抄録・索引データベースの提供機関にとっては大きな脅威となります。
 このような動きに対抗して、従来の二次情報サービス機関の方でも、既存の抄録・索引データベースから各種の電子ジャーナルへのリンクを形成することにより、複数の電子ジャーナル・サービスを一元的に提供する機関として生き残りを図ろうとしています。このような情報サービス機関は「アグリゲータ」とか「ワンストップ・ショッピング・サービス」と呼ばれており、従来の二次情報サービス機関だけでなく、学術雑誌の取次サービス機関や一部の図書館もこの役割を担うことをめざしています。

電子ジャーナルの保存と遡及アクセス
 電子ジャーナルのさまざまな利点にもかかわらず、研究者や図書館は、冊子体の購読を完全に中止してしまうことに不安を感じています。その理由の一つは、電子化された学術雑誌のバックナンバー(過去のファイル)が将来にわたっても継続的に利用できるかどうか、現状では必ずしも保証されているわけではないからです。
 この問題には2つの側面があります。一つは利用契約上の問題で、特定の電子ジャーナルを一定期間購読した後に契約を中止した場合、冊子体ならば購読期間中のバックナンバーが購読者の手元に残るので必要なときにはいつでも利用できるわけですが、電子ジャーナルの場合は、バックファイルは出版社のサーバー上に保存されているだけで購読者の手元には残らないのがふつうです。そこで、購読期間中のバックファイルを継続して利用できるかどうかが重要な問題になりますが、これまでのところでは、多くの電子ジャーナルが購読中止と同時に購読期間中のバックファイルについてもアクセスできなくなるシステムを取っていました。「遡及アクセス」と呼ばれるこの問題は、ここ数年間にわたって出版者側と利用者側の重要な関心事となってきましたが、近年では相当数の有力な電子ジャーナル出版社や提供業者が「遡及アクセス」を認める方向に向かっているようです。また、「遡及アクセス」を保証する方法の一つとして、購読期間中のバックファイルをCD−ROMなどの媒体で利用者に提供するサービスも行われています。
 この問題のもう一つの側面は、電子ジャーナルのバックファイルを保存する責任を誰が負うかということです。これまでの冊子体の場合には、購読者である図書館や研究者が保存の責任を負っていました。(多くの図書館が分散して保存の責任を負うことにより、最終的な散逸の危険が軽減されたり、図書館間の相互利用が可能になるという利点もありました。)電子ジャーナルの場合にはとりあえず提供者である出版社が第一義的な保存の責任を負うことになります。しかし、電子ジャーナルの保存のためには相当の経費がかかります。個々の出版社が将来にわたっても永続的にバックファイルを保存する責任を引き受けるかどうか保証されているわけではありません。特に商業出版社の場合には経営の破綻や合併などの事情により保存の責任を放棄する可能性も否定できません。
 この問題を解決する試みの一つとして、1995年に米国で設立されたJSTORという非営利機関が学会等の出版機関に代わって学術雑誌のバックナンバーを初号から電子的に保存する計画を進めています。バックナンバーの利用が比較的多いと見込まれる人文社会科学分野を中心として、既に120タイトル以上の雑誌が電子化され、会員登録した大学等の機関に対してオンラインで提供されています。日本では、慶応大学、東京大学などが既にこのサービスを利用しています。(JSTORはバックナンバーの電子化による学術雑誌の保存を主目的としているため、最近数年間分についてはサービスの対象から除外されています。)

日本における電子ジャーナルの利用状況
日本でも多くの大学図書館がホームページやOPACから利用できる電子ジャーナル・サービスへのゲートウェイを提供しています。けれども、このようにして利用可能となっているのは、多くの場合、たとえば冊子体の購読価格に電子ジャーナルの利用料金が含まれているものなどに限られており、電子ジャーナル独自の利用料金や契約手続きが必要なものは、会計制度上の制約など様々な事情から欧米に比べて大幅に導入・利用が遅れているのが実情です。
最近、いくつかの大学でこうした現状を打開するための試みが行われています。たとえば東京大学では、2000年度から約700タイトルの有料電子ジャーナルを含めて総計約2400タイトルを図書館のホームページから提供しています。
 また九州大学や京都大学では、学内で2部以上重複購入している学術雑誌で電子ジャーナルの利用が可能なものについては、原則としてそれぞれ冊子体1部と電子ジャーナルのみの購入とし、その購入経費は前年度まで冊子体を購入していた部局間で分担するという計画を実施しており、その結果、全学で雑誌購入経費を大幅に節約することができたということです。
 さらに関東・東京地区の5大学では、アカデミック・プレス社の電子ジャーナル・サービスをできるだけ有利な条件で利用するため、共通の契約条件を取り決めるオープン・コンソーシアムを形成しました。
 国立大学図書館協議会では、電子ジャーナルの導入をより円滑に進められるような環境を整備するため、2000年の秋に「電子ジャーナル・タスクフォース」を設置し、エルゼビア・サイエンス社などの大手学術出版者との間で電子ジャーナルの価格モデル等に関する協議を進めています。
 世界最大の商業学術出版社、エルゼビア・サイエンス社は、現在、約1,200タイトルの電子ジャーナルを ScienceDirect というデータベースとして提供していますが、日本の購読機関に対しては、1999年から2001年までの3年間、一定の冊子体購読金額を維持することを条件として追加料金なしで提供することになっています。ところが、多くの大学では雑誌価格の高騰や経費節減の影響を受けて相当数の冊子体の購読が中止された結果、購読金額が設定された基準に達せず、電子ジャーナルの利用を継続することが困難になっています。電子ジャーナル・タスクフォースは日本の大学では冊子体の重複購入が極端に多く、経費節減のためにも重複購入を調整し電子ジャーナルに置き換えていくことは不可避であることを考慮して、このような日本の実情に適した電子ジャーナルの利用条件を出版者側に求めていく方針です。

おわりに
 冒頭に紹介した Nature の記事は、電子ジャーナルの発達が大学図書館にも深刻な影響を及ぼすだろうと次のように警告しています。「従来の研究図書館の役割は全面的に浸食されつつある。出版社と新たな電子情報サービス機関が、図書館を迂回して高度な情報製品を直接利用者に届け始めている。図書館は、電子ジャーナルの提供機関と利用者を仲介する単なる“ブローカー”の役割に甘んじざるを得なくなっている。」「これまでのような研究図書館の存在そのものが疑問にさらされている。」
 確かに、将来大部分の学術雑誌が電子化されて、出版社やその他の提供機関のサーバーから直接配信されるようになれば、図書館は固有の蔵書として学術雑誌を所蔵・提供する主体的なサービス機関ではなくなってしまう可能性も否定できません。大学図書館が将来もなお学術情報流通の重要な担い手としてその役割を果たしていくためには、よい意味での“ブローカー”の役割をもっともっと積極的に開拓していく必要があるようです。
 この点で、近年、欧米の大学図書館が展開している活動には目を見張らせるものがあります。欧米では、個々の大学図書館が積極的に電子ジャーナルを導入するだけでなく、地域、規模もしくは専門分野が近接する複数の大学図書館が「コンソーシアム」と呼ばれる連合体を形成して、電子ジャーナルの共同契約、共同利用を推進しています。これらの図書館コンソーシアムでは、共同契約によって個々の大学単位で契約するよりも有利な条件で電子ジャーナルを導入することができるうえ、コンソーシアム内の特定機関に置かれた共同サーバを経由して複数の電子ジャーナル・サービスを単一の操作方法で利用できるようになっています。特に英国では、National Electronic Site License Initiative (電子情報の全国共同利用計画)という構想の下に、全国の高等教育機関と研究機関が単一のコンソーシアムを形成し、複数の電子ジャーナル提供機関と契約して、多数の電子ジャーナルを一元的に供給するサービスを実施しています。
図書館コンソーシアムによる電子ジャーナルの共同利用は国際的な動きとなっており、1997年には図書館コンソーシアム国際連合 (International Coalition of Library Consortia: ICOLC) が結成されました。ICOLC は1998年に「電子的情報の選択と購入に関する声明」を発表し、電子ジャーナルの購入と利用をめぐる現在の問題と将来の望ましいあり方について利用者(研究者)と図書館の立場から電子ジャーナル提供機関に対していくつかの有益な提言を行っています。
さらに、米国では近年、大手商業出版社が発行する学術雑誌の価格高騰に対抗して、大学図書館と学協会等の研究者団体が協力して、みずからの手で新しい電子ジャーナルを発行したり、従来の学術雑誌に代わるさまざまな情報伝達システムを開発する試みが行われています。Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition (SPARC) と呼ばれるこの活動の中心となっているのは、ここでもやはり米国研究図書館協会 (Association of Research Libraries) です。
このような欧米の大学図書館、研究図書館の活動は、IT革命によって引き起こされつつある学術コミュニケーションの変貌の中で、図書館がこれからも重要な役割を果たしていくために進むべき方向を考える上で、一つの貴重な示唆を与えていると思われます。


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