CD-ROM版『新渡戸稲造文庫目録』について                                  文学部教授 長尾輝彦
 
 文学部のプロジェクト研究「新渡戸稲造研究資料データベース構築に関する基礎的研究」の一環として、4年間にわたって継続してきた新渡戸の旧蔵書の調査が完了し、蔵書中の書き込みをはじめとするさまざまな調査結果を取り込んだCD-ROMがこのほど完成した。これによって、従来からあった冊子型の目録の誤植が大幅に修正されたばかりでなく、著者名・書名・出版年等がすっきりした一覧表形式で提示され、また何点か重要と思われるものについては、新渡戸自身の書き込みをコンピューターの画面に再現したりすることが可能になった。  「新渡戸記念文庫」として附属図書館本館に保管されている新渡戸の旧蔵書は、石炭の時代を生き抜いてきたからであろうか、4、5册手に取ると、手が真っ黒になってしまう。その上、作業のスタート時には、調査結果を画像としてコンピューターに取り込むことが可能になるとは想定しておらず、そのために、数人の大学院生が、新渡戸の書き込みをノートに書き写すという作業からスタートし、結果として、かなりの年月を費やすことになった。  試行錯誤を繰り返しながらの作業ではあったが、旧蔵書の書き込みデータの収集は、ときに感動的ですらあった。一昨年、つまり1997年に取り込んだ画像の一つ、Fustel de Coulanges, The Origin of Property in Landの最後のページに書き込まれた新渡戸の文字は、'Finished at Kamakura, XI 17, 1897. A doubt that I have entertained for 3 or 4 years, very much cleared.'とある。ちょうど百年の歳月の向こうから新渡戸がよみがえったような感さえした。1897年と言えば、重度の神経障害に陥って、10月札幌農学校教授を辞し伊香保に転地療養したときである。そのようなとき不死鳥のように、すでに次への飛躍(『農業本論』の執筆)が準備されていたことが、これによってわかるのである。  また、William RoscherのPrinciples of Political Economy (1878)の表紙の見返しには、経済学(そしてその基盤としてのベンタム主義)を批判するコールリッジ、カーライルからの引用が、ていねいな書体で書き込まれている。詳しくは省略するが、画面中央上端に見えるINAZO OTAのゴム印その他から、1880-84年の間に購入し、同じ頃に書き込んだものと推定される。「経済学と英文学を究め、太平洋の橋になりたい」と言ったと伝えられるのは、このころ、つまり1883年のことである。ベンタムとコールリッジ----新渡戸もまたJ.S.ミルのように、和解しがたいこの二つのものを和解させようという大志を抱いたのであろうか。晩年の講演で「私は矛盾をかかえた人間です」と語ったことは、すでにこの修業時代に始まっていたのか......等々、様々な瞑想に誘ってくれる。  もちろん反省点がないわけではない。最初に述べたように、作業がかなり進展してから、コピー機による画像データ取り込みが可能とわかった。その結果、費やした年月のわりには、不備な点も多い。まず、画像データを厳選しすぎたことが悔いとなって残っている。また、十和田市立新渡戸記念館に保管されている約6千点の和書の目録、および東京女子大学図書館に保管されている約3千点の人文科学系の洋書の目録を、一つのものとして統合したかった。これは版権の問題が絡んでくるので、今後の交渉によって道を見いだしたい。こういった点を改善した改訂版を是非実現したいと考えている。さらには、新渡戸文庫データベース化のノウハウを生かして、次はCD-ROM版「内村鑑三記念文庫」に挑戦したいものである。 (制作:北海道大学文学部新渡戸研究プロジェクトチーム)



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