ニューヨーク大学とデラウェア大学の図書館にて
 
情報サービス課参考調査掛 片山俊治
 
はじめに
 
北海道大学国際交流事業基金により、平成10年9月15日から10日間の日程で、米国のニューヨーク大学とデラウェア大学の図書館を見る機会を与えられた。
私の所属する掛では、平成9年度から、利用者が図書館サービスを有効に利用するための支援プログラム(以下、図書館利用教育サービス)の一部を担当しているが、今回の渡航は、その業務に関係する部門の視察が目的であった。
この拙文は、その時の体験を通して感じたことなどを綴ったものである。
 
ニューヨーク大学 ボブスト・ライブラリー (The Elmer Holmes Bobst Library)
 
ニューヨーク大学は、1831年の創立で、15のカレッジやスクールを有し、学生数5万を数える私立のマンモス大学である。キャンパスは、ニューヨーク市マンハッタン島南部のグリニッチ・ビレッジにある。都会特有の喧燥で開放的な雰囲気の中、ワシントン広場と隣接して大学校舎のビル群が立ち並ぶ。ニューヨーク大学のメイン・ライブラリーであるボブスト・ライブラリーは、通りをはさんで、ワシントン広場と向き合う地上12階、地下3階のレンガ色をした立方体の巨大なビルである。大学には他に8つの図書館がある。
 
建物に入って、まず驚かされるのが、10階の高さまでの吹き抜けである。さながら大聖堂の荘厳な空間を思わせるつくりだ。次にびっくりするのが警備の物々しさである。入口を入ったすぐ脇に制服を着た警備員が数人立っている。その先には、さらに入館ゲートがあり、係員が常駐して自由に進入できないようになっている。
さて、約束の時間になっても相手らしき姿が見当たらない。入館ゲートのデスクにいる係員に相談すると、電話番号簿を指して相手のオフィスに電話するように言われる。電話をかけても誰もでないので困っていると、約束の相手と思われる女性が現れた。典型的な東洋系の風貌が幸いして、日本からの訪問客が私であることにすぐに気がついたらしい。急な用事が入って約束の時間に遅れたことを謝りながら、素敵な笑顔で話しかけてきた。この女性がボブスト・ライブラリーで利用教育サービスを担当しているマリーベス・マッカートゥンさんである。彼女は、私をまず自分のオフィスへ連れて行き、それから建物の中を案内してくれた。
 
1階のフロアで説明を受けていると、最初に通った入館ゲートの向こう側に学生らしき利用者が10数名、一列に並んでいる。何事かと思って尋ねると、退館ゲートで所持品のチェックをしているのだという。当然、無断持出防止装置であるブック・ディテクション・システム(以下、BDS)が導入されていると思っていたので、不思議に思って尋ねると、BDSをは導入しているが、それだけでは十分じゃないから、という返事だった。BDSを設置すれば、わざわざ人手を使ってチェックする必要はないだろうと思っていたので、ちょっと驚いた。
後になってわかったのだが、この図書館だけが退館時の所持品検査をしているわけではなく、他の図書館でも同様の経験をした。所持品検査は、米国の図書館風景として一般的に認知されているのかもしれない。もっとも、空港でのチェックほど厳しい感じはなく、どちらかといえば、心理的な効果を狙った、やや形式的な感じのする検査であった。
 
 マッカートゥンさんは、Instructional Services Headという肩書きを持つ。このサービスを担当しているスタッフの人数を尋ねると、1人だという。思わず「ひとり?」と聞き返してしまった。そこで組織的な背景を説明してもらった。どうやら、このポストは3年ほど前に新設され、彼女が初代の担当者だそうだ。図書館利用教育サービスに関する企画、調整、広報、準備等の作業が、彼女の仕事である。ただ、関連するすべての実務を独りでこなしているわけではない。図書館オリエンテーションや基本的な文献探索法については、彼女自身が担当しているが、専門分野については、25名ほどいるサブジェクト・スペシャリストと呼ばれるライブラリアンが分担している。
このサービスを支援する施設・設備は充実している。プレゼンテーション用のAV機器類を常設した30〜40名ほど収容できる部屋が2つある。この他に、パソコンでの実習が可能な部屋も利用できる。
ついでながら、インターネットが利用できるX端末は別に用意されている。この設備は授業期間中であれば、24時間利用できる。25台の端末は満杯で、7〜8人の学生が順番を待って並んでいた。
彼女の話から、その夜、自由参加の図書館オリエンテーションを開催することがわかった。せっかくの機会なので頼んで参加させてもらうことにする。プレゼン用の機器を操作しながら、彼女が説明するという形式のものであった。男女合わせて10名の学生が参加している。説明の途中でも参加者から活発に質問が出され、その都度、彼女は丁寧に答えていた。数えてみると15の質問を受けていた。1時間の説明が終わり黒板を拭いている彼女に、いつもこんなに質問が多いのかと聞いたら、今日は特別だという。この企画は、教官からの依頼で授業の一環としても開催しているが、授業でやる場合、学生はとても静かだといって笑っていた。図書館利用教育サービスにおいては、参加者へのインセンティブの与え方が、学習効果に大きく影響するといった指摘を思い出させる話であった。
 
デラウェア大学 モリス・ライブラリー (The Hugh M. Morris Library)
 
デラウェア大学は、その名が示すとおりデラウェア州にある。デラウェア州は、米国東部の小さな州である。デラウェアといえばブドウを連想しがちだが、ブドウの品種名であるデラウェアは、オハイオ州デラウェアに由来する。また、この州は会社設立の手続きが簡便なことで知られ、日本のベンチャービジネス界などでも注目されている。デラウェア大学のキャンパスはデラウェア州北部のニューアーク市にある。ニューアーク市は、地図上でニューヨークとワシントンD.C.を結んだ線のほぼ真ん中に位置し、人口2万5千人ほどの地方都市である。大学としての創立は、1833年で、10のカレッジを持ち、学生数が2万人ほどの州立の総合大学である。
 
今回訪問したモリス・ライブラリーは、デラウェア大学のメイン・ライブラリーである。キャンパス中央部の緑に囲まれた落ち着いた環境にあり、地上3階、地下1階のやや平たい感じのする白っぽい建物である。なお大学には他に4つのブランチ・ライブラリーがある。
約束していた時間に図書館へ入ると、すぐに一人の女性が近づいてきた。20人ほどのスタッフをかかえるレファレンス部門のボス、シャーリー・ブランデンさんである。今回の訪問では大変お世話になった方である。彼女はレファレンス・デスクにいた同僚に私を紹介した後、館内を案内してくれた。
館内をまわりながら、日常でもなじみのある図書館らしい静寂さを感じた。それで何気なく「静かですね」と言うと、その日は早朝に雨が降ったりして、天候がよくなかったこともあったせいか、「天気が悪いと利用者が少ないんですよ」と笑いながら話してくれた。利用者がひどく少ないというわけでもなかったが、図書館の入館者数が天候に左右されるのは、米国でも同じようだ。
デラウェア大学において、研究資料を充実させるために1958年に設立されたというライブラリー・アソシエイツの40周年記念事業として、ちょうど展示会が行われていた。館内に、北大図書館でいえば北方資料室といった感じのSpecial Collections Departmentという部署があり、そこの展示室で古典的名著や米国文学作家の初版本などの貴重図書が公開されていた。
 
見学が終わってから、あなたの聞きたいことは彼女が答えてくれるでしょう、といって紹介してくれたのが、パトリシア・アーノットさんである。彼女は、レファレンス部門において、教育学関係の主題を担当するライブラリアンであると同時にLibrary User Education ProgramCoordinatorという肩書きも持っている。その後、彼女のオフィスで話を聞くことになった。彼女はいかにもベテランという感じのするライブラリアンである。図書館利用教育サービスに携わってから15年くらい経つというから、このサービスがしっかりと定着していることを窺わせる。授業で図書館の利用方法について講義をしているということで、その時に使用したテキストを見せてくれた。
館内には、セミナー用の部屋が設けられており、プレゼン用の機器と演習用のパソコン数台が置かれていた。
 
マネジメント
 
米国図書館の現場を見ながら、強く感じたのは、分業システムの徹底した採用である。たとえば、利用者へのサービスポイントとなる窓口を数えると、ニューヨーク大学のボブスト・ライブラリーが13箇所ほどで、デラウェア大学のモリス・ライブラリーは9箇所ある。ここまでの分業が必要かどうかについては、利用および管理の両面から議論の分かれるところであろう。単純な比較はできないが、北大図書館本館の例では、総合カウンター、レファレンスやILLに北方資料室を合わせて4箇所である。それでも日本国内では恵まれている方かもしれない。そうした状況を、1階フロアだけで5箇所のサービスポイントを持つニューヨーク大学ボブスト・ライブラリーで紹介すると、案内してくれた担当者は、ここまで分けなくてもよいかもしれない、という云いかたをしていた。分業化が各サービスの質的向上と量的拡大への誘引となるメカニズムも見落とせないが、フルタイム換算したアルバイトも含め380人近いスタッフを抱えるボブスト・ライブラリーだから可能ではないかと、うらやましさも含め、思わずいいたくなる気持ちは否定できない。もっとも、そういう組織を築き上げてきたのも、米国ライブラリアンの努力の結晶でもあるのだが。
 
図書館利用教育サービスへ話を戻す。ニューヨーク大学にしてもデラウェア大学にしても、図書館利用教育サービスの実施にあたっては、まず中心となる担当者を配置する。その人物に対し、図書館が持つ様々な資源をコーディネートすることができる権限を与えて実行させる、という手法を採用している。担当者へのポストの与え方が2つの大学で異なるが、機能的には似ている。
なお、それぞれ時期がずれるが、図書館利用教育サービスの実績を紹介しておく。
ニューヨーク大学図書館が、1994−1995年にかけての実績(1年分)で、開催回数は293セッション、参加者数は延べ5,656名である。(ボブスト・ライブラリーのみの数字)
デラウェア大学図書館は、1997−1998年にかけての実績(1年分)で、407セッション、参加者数は延べ7,901名となっている。
ちなみに、北大図書館での1998年度実績は、実習主体の小人数(10名程度)を対象にした企画へのこだわり、という理由もあるが、約50セッション、参加者数は延べ約400名である。
 
図書館は図書館
 
図書館利用教育サービスへの取り組みにおいて、米国の大学図書館はかなり先行している。日本でも、ずいぶん前から大学図書館における図書館利用教育サービスの必要性は論じられてきた。しかしながら、一部の先進的な大学を除いて、実際に大学図書館が組織的、計画的に、このサービスに取り組み始めたのは、ここ数年のことではないだろうか。この動きが、インターネットや電子メディアの普及に伴って生じてきた情報リテラシー教育に対する要求と重なることはもちろんである。それと同時に、これまで行われてきたパブリシティ活動に比べ、図書館利用教育サービスが、利用者に対し、さらに積極的な図書館サービスへのプロモーション機能を果たすという面での再評価も、この動きの背景として読み取ることができるかもしれない。この傾向は、今後、図書館サービスへの期待感(すぐに失望感に変わる脆弱なものかもしれないが)と共鳴しあい、徐々にではあるが、増幅していくように感じる。
 
振り返れば、図書館におけるマネジメントやマーケティング面での日米の違いを感じて落胆したり、なんだ同じようなことをやっているじゃないかといってホッとする場面が交錯する旅でもあった。この拙文で紹介した図書館以外にも4つの図書館を見学することができた。その結果感じたのは、確かに、米国の図書館が利用者へ積極的に働きかけているサービス活動から学ぶべき点は多いということである。しかしその一方で、図書館が持つ資源や環境の差を考えれば、われわれだって捨てたもんじゃない、と感じたのも事実である。もちろん、まだまだ取り組まなければならない課題は多いし、問題を解決する努力は必要だが、そういった気持ちを持ち帰ることができたというのが、私にとっては大きな収穫であった。
 
感謝をこめて
 
最後になりましたが、この機会を与えてくださった関係者の皆様、ならびに出張中しっかり現場を守ってくれた同僚に感謝いたします。
なお、ここで紹介した大学図書館のホームページ・アドレス(URL)を以下に記します。興味がありましたら、ご覧になってみてください。
 ニューヨーク大学ボブスト・ライブラリー http://www.nyu.edu/library/bobst/
 デラウェア大学モリス・ライブラリー http://www.lib.udel.edu/
  

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