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山形孝夫氏の本をすでに「本は脳を育てる」に2冊推薦したが、この『黒い海の記憶』は東日本大震災による犠牲者の鎮魂を軸として、山形氏自身の留学体験や信仰に触れながら宗教或いは信仰が持つ功罪両面に鋭い考察を加えたものである。盛り込まれた話題が豊富であり、読者はそれぞれの関心に応じて思考を触発されると思う。僕は、若き日の山形氏が留学先で出会った黒人キリスト教会をめぐる体験談と白人によるキリスト教のあり方の考察、そして、死者の祟りの封じ込めのための宗教へと変質した仏教に対する批判に考えさせられるものがあった。
ただ、残念なのは、これほどの鋭い批判的意識を持つ山形氏にしてなお東日本大震災を「3・11」と”記号化”してしまっていることである。これはアメリカの同時多発テロを「9・11」とするのに歩調を合わせた面があるのだろうと思われるが、山形氏がこの本の中で論じている死者の語りに耳を傾けその魂を弔う、という行為は、こうした”記号化”に最もあらがうものでなければならないのではなかろうか。いろいろなことを教えられる本であるだけに、その点に戸惑うものがあった。 |