| |
山本周五郎というと『樅ノ木は残った』や『赤ひげ診療譚』などが思い出されますが、この『虚空遍歴』は、それらとはまた違った人間像を描いています。行きつけの古書店のご主人とこの本の話になったとき、「暗い話ですよね」と言われましたが、確かにハッピーエンドは全くありません。しかし、自分の追い求めるもののために、周りの人間たち-「世間」と言い換えてもよい-との縁を次々に断ち切って、というよりは断ち切らざるを得なくなって、出口の見えそうにない行き詰まりの中で憑かれたように自分の生命力を削ぎ落としていくような主人公・中藤冲也の求道の人生は、山本周五郎が描くと、その重苦しさに滅入りながらも引き込まれるものをもっています。その背後には、おそらく山本周五郎自身が作家としての自分を顧みながら考えていたであろう「芸術は人生を救済するか」という問いが控えていると言えます。なにごとかを創造することの(苦労の)意味を考えたい人にお勧めします(あくまで重苦しいですが)。
|