本は脳を育てる ~北大教職員による新入生への推薦図書~ 

推薦者 :  岸本晶孝      所属 :  理学研究科      身分 :       研究分野 : 
文明の将来を考える書
タイトル(書名) American Theocracy
著者 Kevin Phillips
出版者 Viking
出版年 2006
ISBN 067003486X
北大所蔵 北大所蔵1 
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推薦コメント

Theocracyは神権政治と訳します。これは、アメリカがむかし神権政治の国であったというのでもなく、将来そうなるという警世の書でもなく、現に(ブッシュ政権が)神権政治に陥ったことに対する慷慨の書なのです。
 キリスト教国では「神のお恵みを」とか、イスラム教国では「アッラーの神に」とかを、政治家も民衆に使っているようです(もっとも実際にはわたしは聞いたことがないのですが)。わたしはこれを言葉の綾と思って注意を払ってきませんでした。これは「心の問題」であって、人それぞれに解釈すればいいことでしょう。このことが心の問題として済ませられなくなるのは、多数の人々がひとつの解釈を共有し、それを梃子に影響力を行使し、その解釈を広めようとするところから始まります。現代アメリカのキリスト教福音派の現状がまさにその状態に相当するとして、危機感をもって書かれた書物です。この危機感は何もこのひとだけのものではなく多くのアメリカ人によって共有されているのです。
 著者はもと共和党支持者だったそうですが、ここ二三十年における共和党の変質(とそれに対するブッシュ家の役割)に警鐘を鳴らし続けています。これだけのことなら、アメリカ政治に関心のないひとは興味をもたないかもしれません。この国の政治の行く末への関心で、他国を心配する余裕はないといわれるかもしれません。しかし、著者のすごいところは、これを文明論の問題に変えて、われわれの知的興味を引くに足る普遍的問題にしてしまったところです。世界中の(といっても西洋世界の)嘗ての覇権国家を思い浮かべてください。ローマ、スペイン、オランダ、イギリス。著者はそのあとにアメリカと続け、過ぎ去りし栄枯盛衰とアメリカの軌跡とを比較し考量します。著者はとくに三つの側面からこれを論じます。エネルギー、宗教、経済。たとえば、アメリカのイラク侵攻が石油確保に他ならないことを、イギリス・アメリカの中東地域への関与の歴史を通じて疑問の余地なく証明します。「民主主義」はいまや神権政治の隠れ蓑にすぎないのです。ここにあげた覇権国家の宗教はすべてキリスト教ですが、世俗派と原理主義派とのあいだを揺れ動きます。経済は、ものづくりの経済と金融経済(投機の経済)とを変遷します。それによって、現在アメリカの兆候は昔の文明国家の衰退を思わせると論ずるわけです。とくに、原理主義的思考をもって最大の元凶としています。
 わたしは、1788年という大昔に現在の制度を確立しえたアメリカという国に、人類の叡智の大なることを見出してきました。民主的制度を整えることは、善政を敷くということではありません。有能な善意の政治家ならば出来るということでもありません。未来永劫にわたってその制度が機能するように、あらゆる場合を想定し、予期できない場合にも備えるためには、社会の成り立ちへの洞察とともに人間の本性にたいする理解が不可欠であり、また自分の善意の政治家としての能力も犠牲にしなければならないと思うからです。そのアメリカが二百年有余を経て神権政治への退行を経験した(あるいはそれを憂慮するひとがいる)とはどういうことでしょう。これはまたこの国への警世の書でもあります。
 この本は大いなる教養書としても推奨できます。もちろん、現代文明の将来を憂うるひとにもぜひ読んでほしい書です。

※推薦者のプロフィールは当時のものです。

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