本は脳を育てる ~北大教職員による新入生への推薦図書~ 

推薦者 :  岸本晶孝      所属 :  理学研究科      身分 :       研究分野 : 
歴史を通じて現在をみる
タイトル(書名) 憲法で読むアメリカ史(上下)
著者 阿川尚之
出版者 PHP研究所
出版年 2004
ISBN 4569633617
北大所蔵 北大所蔵1 
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推薦コメント

アメリカは歴史の浅い国というひとがいますが、それは果たして真実でしょうか。アメリカは13の州が連合して1776年に独立し、今に有効な憲法を1788年に制定しました。(世界で現に通用している憲法のなかで最古だそうです。)日本でいえば江戸時代半ばに制定された法律が本質的な変更なく今も、民主主義とその制度を宣言する文書として機能し模範とされていることを想像してみてください。江戸幕府はせいぜい幾つかの「諸法度」のもとで成立していたのです。もちろん、この憲法にも「瑕瑾」がありました。奴隷制度を容認しているととれる条項があることです(しかし奴隷という言葉を避けるだけの良識はありました)。南北戦争をへて、それが修正条項の追加で訂正されますが、憲法そのものはその動乱を生き残ります。
そういう歴史的事実だけでなく、米国で発行された新聞を垣間見ると、「建国の父は」などという言葉が目に付きます。ブッシュ大統領の、憲法の三権分立を蔑ろにする強権発動に対して、民主党系識者が「建国の父の知恵を無視し独裁国家を招来しようとしている」として嘆いてみせるわけです。こういう、いわば常套句的な引用にとどまらず、18世紀もしくはそれ以前より自分たちがひとつの歴史を継承しているという意識は、新聞の論調にあふれているといっても過言ではないと思います。少し辟易もしますが、自分たちは(神の導きのもと)人類未踏の領域を切り開いているという使命感をもっているようです。三権が主張し相克しあってこの国の歴史を綯ってきたという営為を(すくなくとも識者は)承知し、現在を見る糧としているらしいのです。
翻って日本の歴史をみると、江戸とそれ以前はもちろん明治にも社会思想政治思想というほどのものは生まれず、思想の変遷という縦糸がないせいか歴史は外的内的状況に翻弄され分断されているようにみえます。現在に至る過程のなかで、いわば退行的独善的状況のなかで土着観念を膨らませすぎたこともありました。今においても、国の理想といえば「普通の国になりたい」というほどのことのようです。(憲法改正の論議がこういう志のもとで行われていることに落胆します。)現在の新聞の紙面に戦前の歴史の影響がよみとれるでしょうか。
最初に投げかけた問いに対するわたしの答えは、アメリカは日本よりよほど歴史がある、です。(もちろん、日本には先にもふれた土着観念がありますが、それを言い出すと、アメリカにも、聖書という土着観念があっていまでも物議をかもしています。わたしの立場は、もちろん、これを思想としても歴史としても認めません。)
老婆心ながら、せめて若い人にはちょっと勉強して、歴史を通じて現在を見る目を養ってもらいたいというつもりでこの本を推薦してみました。

※推薦者のプロフィールは当時のものです。

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