大学における学生の勉強場所


医学部教授 阿部和厚



 学生の勉強場所としての図書館について書いてみよう。

 ちょっと変わった授業をしている。授業をしてもらっているといった方が正しい。

 たとえば,入学したばかりの1年生前期「医学概論」,後期「医学史」では,100人のクラスを10人づつのグループに分け,あるテーマについて,グループで勉強し,クラスで発表してもらう。「医学史」では,医学の歴史に名を残した人物を順に学んでいく。学生にとっては,初めて聞く人物がほとんど。ふつう,歴史の授業というと,ある人物が,何年に,何をしたと講義をし,それを暗記しているかどうかの試験をする。しかし,学生は,一方的知識伝達授業,丸暗記には飽き飽きしている。そんなことで学生が中心となって授業をしてもらうことにした。私は,教官仲間とともに,こんな授業を全学教育や医学部のカリキュラムでいくつか担当している。

 「医学史」では,ある人物がテーマに与えられ,「その人物の生い立ち」「その人物の業績」「その時代の社会背景」「その後に与えた影響」「関連分野での今日性」「今日はどうなっているか」「これからどうなるか」「自分たちはどう考えるか」・・について,45分の発表をし,30〜40分間クラス討論,5分程度の教官のコメント,5分程度のミニレポートで終わる。このような授業は,スポーツに例えるとよい。たとえば,学生は野球チームの選手で教師はコーチを演じる。

 学生は,少なくとも3週間前,グループによっては1〜2ヵ月前から準備する。リーダーをたてること,グループ全員が協同で作業すること,45分の発表の内容と順序に即したレジメを当日に配布することを必須条件にし,また,できるだけ現場にでて調査をするように指導。

 発表の当日,学生は,きわめてアトラクティブな授業をする。

 演劇,実演,音楽−CDあるいは生演奏付き,0HP・35ミリスライド,ビデオ,自分たちで取材して編集したビデオ,実物提示テレビカメラ像と教室で利用できるあらゆるメディアを用いて授業を展開。授業の入りに,がやがやしている教室をぴたっと黙らせる「つかみ」の術も心得ている。発表の内容は,よく整理され,説得力がある。内容は教官の授業に決して引けをとらない。総合的には,教官の授業よりはるかに面白く,今日的で,討論も活発である。「このごろの学生には勉強意欲がみえない」といっている教官にみてもらいたいとも思う。私たちのクラスをみると,学生が時代の先端を行っていて,遅れているのは教官であると思ってしまう。

 このようなグループ発表には,グループによる綿密な準備が必要である。当然,図書館で多くの文献や資料を調べることで,歴史的な事柄には厚みがでる。現在の種々のデータも図書館で調べる。また,現場にでて見学,インタビューにいく。私が勧めたこともあって,8ミリビデオカメラを持参ででかける。学生は1時間から2時間におよぶ映像素材を編集して数分にまとめる。

 これらの作業では学生は頻回集合して,発表の形にまとめる。このようなグループ学習の場に,何と学生は生協の学生食堂(学食)を利用している。いつでも使えること,討論で少々騒がしくしても他に迷惑がかからないというのが理由である。

 このような学生のグループ学習の場が図書館にないというのはどんなもんだろう。

 この授業では,1週に1グループの発表だが,3週以上前から準備をするので,1度に数グループがグループ作業している。1回の授業に数グループが発表するものもある。他の授業でもグループ作業を必要とするものがある。こうなると,かなりの数のグループ学習が進行することになる。しかも,全学的に多くのクラスでとなれば,相当な数だろう。大学の図書館は,学生の新しい学習形態を支援する建物となっていく必要がある。

 大学の図書館は,今日,最新情報収集の研究支援中心で考えられ,しかも電子図書館が合い言葉,流行語になっている。しかし,電子図書館といっても,印刷媒体は決してなくならないだろう。電子図書は,日進月歩の電子情報テクノロジーの時代では数年で媒体は変わっていく。電子図書は,情報のディスポーザブル媒体と考えたほうがよい。数十年単位の情報の保存は,やはり印刷媒体が依然として重要である。そうはいっても,今日的研究情報は,電子情報,ネットワーク情報にたよっている。各研究者は,研究室のパソコンを通じて検索,収集し,パソコンが図書館となる。研究者にとって,とくに理系の研究者にとって,建物としての図書館はそれほど重要ではなくなるだろう。

 一方,今日の学生の学習形態をみ,さらに今後を展望すると,大学図書館の建物は,学習図書館としての機能がさらに重要となる。大学図書館の外部サービス空間の大部分は,学生の学習空間として設計され,しかもこれまでより大きく,多様な機能スペースを提供しなければならない。

 今日の大学生の学習形態は,これまでとずいぶん違ってきている。これは,個人学習からグループ学習への変換である。この傾向は,高等教育を展望すると,さらに大きくなっていくとみなされる。大学生の勉強の伝統的な形は,偉い先生の一方的な授業を拝聴し,これに触発されて,自習していく,きわめて個人的学習が主体であった。しかし,モダーンな教育では,学生同志のインターラクション相互作用を重視する。これにより教育の効果と効率をあげる。個性も,集団のなかで互いに触発され,能力が発揮され,多様な成果を生み出す。このためには,校舎の設計もこれまでと同じというわけにはいかないだろうし,大学図書館もこれを支援する建物とならなければならない。

 大学図書館が学習図書館として充実されるべき内容は,つぎの理由による。1)学生の自習は,自宅から,大学,大学図書館へ移ってきている。2)大学での学習形態,とくに教室外学習は,グループ中心となる。3)学習には,コンピューター利用,マルチメディア利用が通常化する。1)については,これまでの集団のための大閲覧室のほかに,個室(あるいは個室型オープンボックス)が必要となる。2)には適当な大きさのグループ学習室が必要となる。生協食堂が利用されている理由は,これらのグループ作業は討論,発表リハーサルなどで声をだすため,静かな大閲覧室は不適だからである。10〜十数人程度の学生のためのグループ学習室が用意され,内部の騒音が外へ漏れないようにする。ここには,白版,OHP,35ミリスライド投影機,パソコン,ビデオとテレビなども必要だろう。20人程度の部屋も必要となろう。とにかく,大学図書館には,これまでなかったものとして,かなりの数のグループ学習室が必要となる。パソコンが多数ある部屋も必要だろう。これにより,インターネットでの情報検索,電子図書(CD−ROM)による学習が可能となる。

 このような図書館は,授業をうける教室にできるだけ近いほうがよい。とくに全学教育の場では,選択履修のためにできる不定期な空き時間を利用できるように,中心に図書館が必須となる。また,夜半までの開館が必要である。たとえば,私にとって身近な医学部の学生は,いくつかのグループが図書館ロビーに閉館まで,多くのグループが学部内のいくついかの自習室に夜半すぎまで勉強している。今日の学生には,グループ学習が通常化している。このために場所は大学では図書館が提供するのが本来であろう。

 また,今日,大学の社会への開放は,教育,研究とならぶ大学の3大機能のひとつとなっている。大学の図書館は,市中図書館にはない専門的,かつ高度な学術情報を提供する場として,社会人の利用にも便宜が図られ,社会人の学習図書館ともなる。

 以上のように,これからの大学図書館を展望すると,今日,力の入っている電子図書館化は図書館の情報収集機能のことであり,建物では学習図書館として,これからの教育で機能する設計が重要となる。大学図書館は,学生の重要な勉強場所であり,グループ学習,メディア学習へ対応しなければならない。学生食堂でなく,図書館が学生の勉強グループで活気にみち,また,マルチメディア教材作成,コンピューターによる発表原稿作成、ビデオ編集も可能な建物。これが新しい大学図書館の姿である。

(あべ かずひろ, 高等教育開発研究部長)



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