◆資料紹介◆


大型コレクション
『ナチズム研究』について


教育学部教授 小出達夫


 本コレクションは,ドイツの古書店GeorgSauer Antiquー
ariat が集めた本格的なナチズム研究のコレクションであり,875
件1,600点に及んでいる。時期的には,ワイマール共和制期,ナチス期,
戦後の3期にわたり,主題では,思想・社会・文化・政治・法律・行政・経
済・軍事・外交・司法・人種問題など多岐にわたる。ドイツ研究やファシズ
ム研究に関心をもつ研究者にとり好個のコレクションである。特に大半はナ
チズム関係のオリジナル資料であるだけに,これによりナチズム研究の本格
的な展開が期待される。内容は,以下の15のパートに分類される。以下順
をおって紹介したい。

1) アドルフ・ヒトラー関係(64件)


 ここには,『わが闘争』についての各版,特別豪華装丁版(モンスター版,
40×52cm,11.5kg),翻訳本など9件が,またヒトラーの演説
集,写真集(ヒトラーお抱えの写真家H・ホフマンのものを含む)や,23
年の「ミュンヘン一揆」とその裁判記録など直接ヒトラーに関する記録のほ
か,ヒトラー像の形成には欠かせないヒトラー直近の部下による記録がある。
M・ボルマン(ナチ党官房長)やR・ヘス(副総裁,副総統),さらにはF
・パーペン(1932・首相)に関する同時代の記録や戦後の研究書,およ
びヒトラーと時代を共にした様々な人の手になるヒトラーとの交流記録がそ
れである。これらの記録はヒトラーの伝記的研究にとり不可欠なものである。
さらにこのパートには,33〜40年の年報 “Dokumente der
 Deutschen Politik” “Das Jahr”(写真集
Ⅰ〜Ⅶ)があり,この期のヒトラーをめぐる事象を年誌的に見るのに便宜で
ある。

2)反ヒトラー関係(118件)


 このパートは「反ヒトラー」となっており,反ヒトラー派や亡命者による
第3帝国批判の書籍類が入っているが,それ以外にも戦後の本格的なヒトラ
ー研究を含む,ヒトラー伝記,写真記録,第3帝国の国制研究,ファシズム
研究などが収められている。
 ヒトラー伝記では,E・ドイヤーマン,J・C・フェスト,H・B・ギゼ
フィウス,S・ハフナー,W・マーザーなど戦後の研究書や,K・ハイデン,
T・ホイスなど同時代人による伝記も入っている。ファシズム研究やナチ党
組織・行政機構の研究としては,K・D・ブラッハー,M・ブロシャート,
W・ホーファー,E・イエッケル,W・ラカー,G・モッセ,E・ノルテ,
G・シュルツら戦後研究者の業績がここには相当収められている。

3)「国会議事堂放火事件」関係(9件)


 デイミトロフの拘留および裁判中の書簡・覚書・公判記録,事件後プラハ
からドイツに持ち込まれた非合法文書「褐色の書」(Braunbuch)
や,のちにレーム粛正で処刑されたG・シュトラッサーの弟オットー・シュ
トラッサーが除名後スイスで出版した『ドイツのバルテルミの夜』など,同
時期の記録が収められている。

4)「レーム事件」関係(10件)


 レーム粛正に関する戦後研究も数件入っているが,処刑されたE・レーム
およびG・シュトラッサーの著作が2件入っている。また『ドイツ指導者事
典1934−1935』は第3帝国初期のナチ重要人物1700人のビオグ
ラフィーを含む貴重な資料であるが,事典からはレーム事件で粛正された人
物が抹消され空欄になっている。

5)6)「ナチズムのABC」および
 「ヒトラーとその側近たち」(129件)


 側近としては,ナチ党の創設者で党綱領の作成者G・フェーダー,宣伝相
で帝国文化院の創設者J・ゲーリングの著作・演説・論説,ナチスの基本文
書『20世紀の神話』を書いた反ユダヤ主義のA・ローゼンベルクの著作,
軍需相や戦時生産相で建築設計家・都市改造計画の中心人物A・シュペーア
の戦後の著作,なかでもシュペーアの『日記』はナチ党員の手になる三大日
記のひとつとして注目される。また,ヒトラー・ユーゲントの指導者B・シ
ーラッハの戦前の著作・演説や彼の編集になる “Wille und 
Macht” 誌なども入っている。なおヒトラーの側近中,ダレー,ゲー
リング,ライ,シャハトなどはパート$(9)および$(10)にある。
 なお,このパートには,ナチ党中央出版局発行の月刊誌『ナチズム月報』
(30−44年,163冊,)全冊が揃っているし,党組織・SA・SSの
ハンドブック,ニュルンベルク党大会の記録など党関係の記録・資料・雑誌
が見られる。さらには,演劇・詩・芸術・文学・建築・スポーツ・オリンピ
ックなどの分野に関する同時代の文献・雑誌・記録・年報が含まれており,
この領域でのナチスによる強制的画一化(Gleichshaltung)
の過程や機構を見るのに不可欠の資料となっている。

7)ナチズムの精神諸科学(38件)


 ここには文化,哲学,歴史学,神学,外交政策論,国家論,人類学,人種
民族論,大学論,地理学など諸科学のナチズム化を例示する文献・書誌が収
められている。さらにナチズム期の文化・大学・歴史()学に関する戦後研究
も数点入っている。当時のこうした分野の状況を知るのに参考になる。

8)ナチズム法曹関係(132件)


 戦後のものは13件だけで,ほとんどは戦前とくにナチス期のものである。
この中には,ナチ党法律顧問,法アカデミー会長で,ニュルンベルク裁判で
死刑になったH・フランクの著作,ベルリン民族裁判所長官でショル兄妹裁
判やヒトラー暗殺事件裁判の指揮をしたR・フライスラーのもの,フライス
ラーと同様刑事手続きの「統一モデル」を推進したH・ヘンケル,E・シュ
ヴィンゲ,K・ジーゲルトなどの文献,基本権批判やナチス行政法の形成者
O・ケルロイターの著作・論説,カント個人主義法論を否定したK・ラレン
ツ,ナチズム行政法のT・マウンツ,カール・シュミットの著作・論説,な
ど第3帝国の法学・司法・法哲学を検証するのに不可欠の重要な材料が相当
豊富に入っている。個別に見ると以上の領域のほか,ナチズム国家論,憲法・
国法論,革命と法,公務員法,民法,労働法,経済法,地方自治法などの領
域を含み,そのほかにドイツ法アカデミーの雑誌(H・フランク編集)が揃
っている。

9)ナチズムの経済と社会(80件)


 ナチ農民団の創設者で食糧農業相W・ダレ,ナチ党組織指導者でドイツ労
働戦線の指導者かつ歓喜力行団や「騎士団の城」の創設者R・ライ,ドイツ
国立銀行総裁で経済相H・シャハト,大蔵省書記官F・ラインハルトなどの
著作・論説・演説などが含まれている。以上のほか,労働組織・労働政策,
経済・通商・工業政策,農民・農業政策,社会政策,財政政策,戦時経済政
策,各種統計に関するナチス期の文献・資料などが入っている。

10)ヒトラーと国防軍(39件)


 39件のうち17件が戦前の資料で,「コンドル兵団」(スペイン内戦介
入の担い手)の報告書『ドイツ人はスペインで闘う』のほか,第2次大戦中
の前線兵士向けの雑誌 “Deutsche We−gleiter”,
“Signal” など貴重な資料のほか,H・ゲーリング(国家元帥,帝
国国防会議議長)に関する戦前・戦後の文献・資料が入っている。戦後のも
のは,独ソ戦をはじめ,ポーランド,オーストリア,ヴァルカンに対する外
交・戦争政策に関するものや,ナチスドイツ諜報機関に関する研究書が多い。

11)ナチの反ユダヤ主義政策(65件)


 戦後のもの12件を含むが,それ以外のほとんどはワイマール期から第3
帝国にかけてのナチスによる反ユダヤ主義の宣伝文書・パンフレット・書籍
である。

12)強制収容所関係(126件)


 戦中のもの12件,戦後直後(45−49)のもの36件,それ以降のも
の70件になる。戦中のものは亡命者により出版されたものである。戦後直
後の資料には強制収容所の体験記録が多い。自力解放したブーヘンヴァルト
関係が9件と圧倒的に多く,続いてダッハウ,アウシュヴィッツ,ザクセン
ハウゼンその他の記録が入っている。婦人強制収容所のラーベンスブリュッ
クの記録もある。50年以降の研究書・文献ではアウシュヴィッツが14件
と最も多く,ついでマウトハウゼン,ブーヘンヴァルト各4件その他となる。

13) 抵抗運動,戦犯,ニュルンベル
 ク裁判,アイヒマン裁判(46件)


 ほとんど戦後刊行されたものである。抵抗運動関係は,「白バラ運動」,
ヒトラー暗殺事件,ボンヘーファーの教会闘争,などでそれほど多くはない。
ニュルンベルク国際軍事法廷と戦犯に関するものは,個別法廷のケースを含
め11件,アイヒマン裁判関係は7件(H・アレント関連2件),戦後の非
ナチ化政策に関するもの3件などが含まれる。

14)15)ヒトラー・ゲッベルス・シーラッハ
 の手紙(10件) その他(7件)


後記:本コレクションは,田口晃教授(法),今井弘道教授(法),加来祥
男教授(経)と共同で推薦したものである。(こいで たつお)


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