伝統と未来の間にーパリの図書館訪問記

      附属図書館情報システム課情報処理掛 田 中 健 太 郎

 「パリというところは市全体が学校の趣がある」と,ある詩人が書いています。
また,「美術文芸をこころざすものは,人生のいずれかの時期をパリで過ごすこ
とが望ましい」と言う人もいます。私は本年9月.フランス政府よりフランス語
の現地研脩の機会を与えられ,また北大の国際交流基金事業の一環として,現地
における図書館サービスを見学するということで,その「パリ学校」にほぼーヶ
月間滞在させていただきました。
 一ヶ月にわたって日常の業務から離れ,久しぶりに学生に戻り,勉強と見学と
散歩の毎日を暮らしたことで,本当にたくさんのことを学ぶことができたように
思いますが,ここではやはり滞在中におとずれた4つの主な図書館の印象をまと
めておきたいと思います。
 4つの図書館とは, 
 1.ボンピドーセンタ一公共情報図書館(BPI)
 2.ラ・ヴィレット科学産業都市メディアテック
 3.パリ国立図書館(BN)
 4.パリ大学附属ソルボンヌ図書館
 このうち、3.4.については,両者とも伝統のある,世界でも有数の大図書
館ですが,1.2.は最近になって造られた公共図書館であり,あるいはなじみ
の薄い名前かも知れまぜん。しかし,この2つの図書館は情報メディアを駆使し
た革新的なサービスで,現地でも大変人気がある施設と聞いていましたので,旅
程にいれました。

1.ボンピドーセンタ一公共情報図書館(BPI)
 パリ市中央の古い市街地にいきなりあらわれる超近代的な建物が,新しい芸術
と文化を愛したジョルジュ・ポンピド一元フランス大統領の遺志をついで197
6年に設立された「ジョルジー・ボンビドーセンター」です。移転したパリ中央
市場の跡地に建てられたセンターは,原色に塗りわけられたむきだしの配管や,
建築用の足場を組んだままのような外観から「文化・芸術のコンビナート」など
とも呼ばれています。

 地下1階,地上6階からなるセンターにはBPIのほかに,国立現代美術館,
産業創造センター,音響・音楽調整研究所が入っており,2階~4階と1階の一
部をBPIが占めています。
国立現代美術館は20世紀美術の豊富なコレクションをほこり,パリをおとずれ
る多くの観光客が訪れます.また,センターの前にひろがる傾斜した広場には様
々な大道芸人が集まり,週末の午後には市民や観光客がぞくぞくと押し寄せてき
ます。
 さて建物の外部に設置されたチューブ状のエスカレータをつかって.地上3階
がBPIの入口です。非常に混雑する時間帯には,ここで入場者数の調整をして
いて,一定数の利用者が退場するまで待たされることもあります。入口をはいる
とすぐにOPACが並び,BDSをとおって閲覧室に入ります。閲覧室は全く柱
のない大きな四角の空間で,黄緑色の可動式の低書架だけを使用しており,非常
に広く感じられます。また最小限の間仕切りも全て可動式で,室内全体が見通せ
ます。

 主題分野ごとに階段を使い分けており,各主題のレファレンスカウンターがあ
り,各カウンターに複数の係員がついています。また主題ごとに図書,雑誌,A
V資料,などがひとまとまりに設置されています。この図書館は約40万冊の図
書を全面開架にしており,雑誌2,300タイトル,音楽のCDとカセットが1
0,000巻,一際目をひくのは13万6,000件いおよぶ静止画像のデータ
ベースで,閲覧室内の受像機で見ることができます。世界各国の現在や過去の写
真や,美術品の写真など様々に利用されていました。音楽コーナーのCDは大変
な人気で,土曜日などでは1枚のCDをきくのに1時間以上待たされることもあ
りました。
1 OPACは館内のいたるところに設置されており,館内の全ての資料を検索
できます.また各種のCD-ROM読み取り用のPCが備えられていて,国立図
書館や大学図書館の蔵書検索,また出版目録も検索できます。その他1000種
類に及ぶデータベースにアクセスすることができます。またミニテル(公衆網用
小型ヴィディオテック端末)を積極的に活用しており,ミニテルを通してBPI
の資料の検索を家庭やオフィスからできるだけでなく,参考質問や,図書館見学
の予約をミニテルを通して受付,博物館などの類縁機関情報もミニテルを使用し
提供しています。
 フランスでは全ての人々を対象とした図書館活動を,「公読書」(Lectu
re Publick)という概念で呼び,推進を続けて来ていますが,BPI
はそのひとつの究極のすがたと言えるような気がしました。

 2.ラ・ヴィレット科学産業都市メディアテック
 ラ・ヴィレット公園は,パリ大改造計画の一角として,パリ市の北東のはずれ
に造られた公園で,広大な敷地の中に音楽都市,科学産業都市,大ホールなどが
造られ,現在も建築中です。
 その中核といえる科学産業都市は,科学産業部門の博物館で,プラネタリウム,
水族館,各種の実験的な映画館などをはじめ,いろいろな最先端の技術を,みず
から体験できるしくみとなっています。ラ・ヴィレット公園自体への入場は無料
ですが,科学産業都市の大部分の展示は有料です。ただしメディアテックは無料
です。また,「都市」は午後6時で閉館となりますが,メディアテックは8時ま
であいています。
 メディアテックとは,図書館(ビブリオテック)とメディアからつくられた造
語ですが.フランスではわりと通用しているようで,私の通っていた学校の視聴
覚室もそう呼ばれていました。科学産業都市のメディアテックは,「都市」の1
階,地下1階,地下2階を占めています。この図書館は科学産業分野だけの資料
をあつめており.全面開架.一年に200フラン(5,600円位)を払って登
録すると,図書,雑誌,カセットの貸出を受けられます。ここのOPACは,B
PIとほとんど同じフォーマットで,MEDLINEをはじめ,各種のCD-R
OMを読める装置も設置されています。ミニテルを利用して,メティアテックの
蔵書倹索および,資料の貸出の予約をする事ができます。BPIの各種の家具や
サインが黄緑色をベースにしていたのに対し,ここでは濃いブルーが主調となっ
ていてとても落ちつきます。夜7時をすぎてもかなりたくさんの利用者がいまし
たが,特にコンピュータ・ソフト関係の図書が人気があるようでした。
 この図書館で最も目を引くのが170台あまりのヴィデオ視聴ブースです.ブ
ースは,館内の数箇所にまとめられてズラリと並べられています。1台1台に番
号がつけられており,それぞれのブースで1つの番組が見られるようになってい
ます。そして,現在見ることができる番組のリストがあり,そのリストで,何番
のブースかを指定しています。ブースにはまったくスイッチ等が見あたらないの
で,「どうやって操作するのかな」と思ったのですが,ブースの前の椅子に腰掛
けると,自動的に番組が始まる仕掛になっていました。番組はいろいろな動物の
生態や,天体観測,化学実験,またエイズや環境問題など2,500巻に及ぶレ
ーザーディスクから幅広く選択されており,2ヶ月ごとに再配置されています。
係員の手をいっさい借りずに好きな番組を見られるこのシステムは「開架式ビデ
オ図書館」とでも言えそうに思いました。

 3.パリ国立図書館(BN)
 もとの王宮(パレ・ロワイヤル)に隣接する国立図書館は,大革命以前は王家
の図書館として発達してきた歴史を物語っています。上記の2つの図書館とはう
って変わって,偉大で重厚な歴史的建造物です。この図書館は現在フランスの納
本図書前として機能しており,図書部,逐次刊行物部,手稿本部,版画・写真部,
地図部,音楽資料部,貨幣・メダルエ芸部,視聴覚資料部とにわけられています。
施設としては,このパリ図書館のほかに,歴史文学書を中心としたアルスナル図
書館があり,オべラ座と国立音楽院の図書館も,BNの組織となっています。
 BNは,貨幣・メダル工芸部を一般公開しているほかは利用をきびしく制限し
ているので,簡単に入館することはできません。そういうわけでこわごわ出かけ
ていったのですが,入館者資格の中に「図書館員」の項目があり,数分間の面接
の後で3日間有効の無料の入館証をつくってくれました。図書館の入口を入って
から入館証をもらえるまで待ち時間を含めると1時間ちかくかかりました。通常
は2日間有効の入館証が無料の他は,1年間に利用したい回数に従って料金を払
うこととなっているようでした。
 図書館の大閲覧室は非常に天井の高いドーム型の広い部屋で,ステンドグラス
でつくられ,閲覧机等の家具もめかしくて立派な物のようです。閲覧室の入り口
で入館証を預けると,閲覧机を指定した力-ドを渡されました。ここは閉架式の
図書館で利用は館内閲覧だけなので,席数と同じだけしか入室させないのです。
閲覧室の片翼に階段があり,そこから降りた半地下室が目録室となっていて,膨
大な数の目録カードと,10数台のOPAC,また大学図書館の所蔵目録や,市
販データベース倹索用のCD-ROM装置が設置されています。ここのOPAC
もBPIとおなじフオ-マットですが,1,200万冊の蔵書のうち極く一部し
か検索できず,またBNはおもに人文系の図書館で,むしろ古い資料の方が使わ
れているようで,OPACはあまり利用されていないようでした。また一日に書
庫からの貸出し請求できる冊数なども限られていて,使いやすい開かれた図書館
という感じではありまぜんでした。納本図書館という使命からするとそれも当然
かもしれません。
 BNではミニテルをつかっての蔵書検索の他に,書庫請求の予約ができます。
つまり家庭やオフィスの端末から,BNの所在を確認し,さらに予約をしておけ
ば,翌日一番に資料を見ることがでぎ,請求に係わる侍ち時間を節約することが
できるわけです。

 4.パリ大学ソルボンヌ図書館
 今回訪れた中では唯一の大学図書館でした。学生街「カルチェ・ラタン」の中
心をなす,パリ大学ソルボンヌ校舎内にソルボンヌ図書館があります。広くて複
雑な校舎の中を小一時間ほど歩き回ってようやく図書館を捜し当てることができ
ました。
 重たいドアを開けると,すぐに係員が座っており,身分証明書の提示を求めら
れます。北海道大学の司書であり,図書館を見学にきた旨を話すと,すぐにレフ
ァレンスカウンターにとりつがれました。何とか,図書館の電算化の見学をした
いことをつたえると,司書の待機室へつれていってくれました。ところが,電算
化の担当者が,ちょうどパカンスの最中で,それ以外の人たちはコンビューター
の関係は分からないとの話しで,専門的な話を聞くことはできませんでした。き
ちんとアボイントメントをとらず,いきなり訪ねてきたこちらが悪いので,恐縮
しました。
 しかたがないので,主要なふたつの閲覧室を歩き回り,CD-ROMの検索を
試してみたりしました。パリ大学は1150年創立ということですが,閲覧室も
さすがに歴史と伝統を感じさせられる荘厳さで,天井が非常に高く,調度品も木
製でどっしりしています。しかし,完全に閉架で,本へのアクセスはなかなか大
変そうです。検索に「カルチェ・ラタン」とよばれるCD-ROMをを使用して
おり,このCD-ROMにはソルボンヌのほかに,サン・ジュヌヴィエーブ,ク
ジャース両大学図書館の蔵書目録も入っており,PFキー1つで各目録を検索で
きるようにされています。しかしこの目録は1987年からつくり初めて,19
90年8月時点で,デ-クが36,000タイトルということで,3百万を超え
る蔵書のほんの一部しか倹索できず,まだまだカード目録を検索手段の中心とせ
ざるをえないようです。この蔵書目録も,ミニテルから検索することができます。

 以上4つの図書館について,印象に残ったことを書いてみました。どこまでも
新しいサービスを目指している前の二つの図書館と,誇り高い伝統を守りつつ慎
重に近代化を続ける後の二つと。この両者ともが,というよりもこの両者が共存
しているということが,非常にフランス的,フランス人的であるとおもわれまし
た。
 パリの役所や学校では窓口業務の対応がたいへん悪く,態度も腹立たしいめに
あわされたものでした。しかし図書館ではそういうことはほとんどなく,図書館
員の意識の高さを感じました。突然おしかけた,言葉もよく分からない私に,ま
じめに対応してくれたパリの図書館のみなさんに感謝しています。また,このよ
うなチヤンスを造って下さった駐日フランス大使館文化部のみなさまに,またこ
ころよく送りだしていただいた北海道大学,なかんずく附属図書館のみなさまの
ご理解,ご協力に対し,この場を借りて心よりお礼申し上げます.ありがとうご
ざいました。

kntr@monbu.go.jp