ヴェルナツキー文庫

ヴェルナツキー文庫

An East European Collection in Western Languages

[1978年度 大型コレクション]
米国におけるロシア史研究の第一人者として長い間斯界で名声を馳せたエール大学の故ヴェルナツキー教授の旧蔵書のうち、西欧語(ロシア語を除く)で書かれた図書4700冊のコレクションである。

形態 オリジナル
数量 4,700冊
言語 複数
購入年度 1978
貸出 可(一部不可)
複写 可(一部不可)

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*資料紹介(『楡蔭』No.50,p.4-6より。一部加筆修正。)

ヴェルナツキー文庫について
外川継男

〔ヴェルナツキー教授について〕

 このたび北大の中央図書館のスラブ研究の分野にたいへん貴重なコレクションが入りました。これは1973年6月に亡くなったアメリカのエール大学のジョージ・ヴェルナツキー教授の蔵書を中心とする,英・仏・独・伊の諸語で書かれた約4,000点,5,000冊余のロシア・東欧史に関する文献から成っています。

 旧所有者のヴェルナツキーという人は,1887年ペテルブルグに生まれ,革命前にモスクワ,レニングラード,ベルリン,フライブルグの諸大学などでロシア史を学んだあと,1914年にペテルブルグ大学の私講師になりました。ロシア革命後そのカデットに近い立場から亡命を余儀なくされ,アテネ,プラハを経て,1927年に米国コネチカット州ニュー・へヴンにあるエール大学に招かれ,亡くなるまでこの地でロシア史の研究に従事し,かずかずのすぐれた業績をあらわしました。

 アメリカのロシア史研究の分野では,二人の亡命ロシア人が大きな足跡を残しています。その一人はハーヴァード大学のカルポーヴィッチ教授で彼はすぐれた多くの弟子を養成しました。もう一人がこのヴェルナツキーで,カルポーヴイッチとは対称的に,シャイで書斎人であった彼は,派手な活動よりも,地味な著述の仕事に専念し,全5巻から成る『ロシア史』(1943~69)をはじめ,すぐれた著作を遺しました。この著書は古代からピョートル大帝までの時期を扱ったロシア史の概説で,ロシア語以外で書かれたものとしては,今日もっとも重要なものの一つにかぞえられています。この著作が示すように,ヴェルナツキーの専門は,ロシア史の中でも古代・中世にありましたが,ピョートル以前のロシアはポーランドとの関係がきわめてふかく,そのためもあってか,今回購入したヴェルナツキーのコレクションの中には,1000点近いポーランド史関係の文献が含まれています。

 ヴェルナツキーはまたロシア史の基本的な特徴を「ユーラシャ」という概念から説明するなど,いくつかの大胆な仮説を提唱しました。それらは後に批判されたり訂正されたりしましたが,いずれも学問上の討論を活発にし,研究水準の向上に役立ちました。

 なおわが国ではすでに1953年に,坂本是忠,香山陽坪の両氏によって,ヴェルナツキーの亡命後最初の著作である一巻本の『ロシア史』(初版1929,邦訳は1951年版)が翻訳,出版されています。これは最初ロシア語で書かれ,ついで英訳されて出たものですが,邦訳も含めていくつかの国の言葉に訳され,ヴェルナツキーの名を高からしめるのに役立ちました。彼は渡米直後は英語よりむしろ独・仏語をよくしたといわれていますが,今回の蔵書の中には,独・仏語の文献が多く入っています。

〔ヴェルナツキー文庫の内容と特徴〕

 このコレクションの3.886タイトルの内訳は以下のようになっています。

(1)英語によるロシア関係                687
(2)英語によるロシア文学関係              170
(3)仏語によるロシア関係                569
(4)独語によるロシア関係                340
(5)英語によるポーランド関係              273
(6)仏・伊語によるポーランド関係と西洋史        324
(7)独及びそれ以外の言葉によるポーランド関係      239
(8)チェコスロヴァキア関係               126
(9)独・仏語によるブルガリア関係             95
(10)ユーゴスラビア関係                 103
(11)他のバルカン諸国関係                144
(12)バルト諸国関係                   214
(13)その他                       600

 この蔵書は18世紀に出版されたものから1960年代にいたる文献を含んでいますが,その中心となるのは,1920~40年代の出版物と言えるかと思います。ところでわが国の図書館には国会図書館も含めて,スラブ地域を対象とする文献はきわめて乏しいと言わねばなりませんがとりわけ1950年以前のものは,ほんのわずかしかありません。ただ定期刊行物に関しては,近年欧米諸国で重要なもののマイクロフイルム,マイクロフィッシュ,さらにリプリント版も作られて市販されるようになり,かなりラックを埋めることができるようになってきたのは,よく知られているところです。しかし単行本となると,ごくわずかな名著の覆刻があるにすぎず日本の研究者は今日なお欧米の研究者に比して,この面でハンディキャップを負っています。

 この点からしても,このたびのヴェルナツキー・コレクションの購入は画期的なことといわねばなりません。これがマイクロなどでなく,5,000 冊余の現物だということは,何よりも特筆すべきことです。これからロシアや東欧の歴史や文学を研究しようとする者は,このコレクションによって,はかり知れない恩恵を受けることでしょう。

 ただひとつ残念なのは,この中にはロシア語の本がないということです。(これはイリノイ大学が購入したと仄聞しています。)ソ連政府は1945年以前に出版された本の国外持出しを禁止してきましたので古いロシア語の本の購入は西側の古書業者を通す以外購入の道がありません。しかしこれがきわめて高価だということも周知の通りです。