インド立法関係史料集

インド立法関係史料集

India, legislative series

[1989年度 大型コレクション]
1854~1947年間のイギリス領インド中央政府史及び諸州政府の立法府の議事録をほぼ全文マイクロフィッシュに収めたものであり,近代インド史の根本資料である。

形態 マイクロフィッシュ
数量 44点(38タイトル)
言語 英語
購入年度 1989
貸出
複写

資料一覧


*資料紹介(『楡蔭』No.80,p.4-5より)

『インド中央・地方立法府資料集』について

文学部教授 高畠稔

 このたび附属図書館に収蔵された『インド中央・地方立法府資料集』(マイクロフィッシュ)は,1854年から1947年までのイギリス領インドの中央及び地方13州の議会の議事録である。この間に州の統廃合・新設,制度改革による議会の公式名称の変更,二院制の採用等による変動があったが,議事録はそれらの異動に対応するかたちで整理されている。また州議会議事録の始期は1862年,終期は州によっては1939年,遅くて44年までである。これらの議事録の原本はロンドンにある「インド省文書館(India Office Records and Library)」に保管され,研究資料として公開もされているが,出版刊行されたものではない。議事録を閲覧したい研究者はテムズ河畔の文書館を訪れて,議会別,年次別に綴じてある大型の分厚い記録を,鉛筆片手に-文書館ではインクはボールペンといえどもご法度である- 繙読するほかはなかった。それが日本国内で利用できるようになったことは,ただただありがたいというほかはない。

 

▼マイクロリーダーで映したコレクションの一部

 

 これらの議事録の史料価値を知るために,イギリスのインド支配組織の発展史を要約しておこう。支配組織構成の基本法は1772年以来イギリスの国会制定法-1935年までに制定されたそれらの基本法を「インド統治法」と総称してよい-として与えられることとなったが,それに基づいて任命される総督及び各州知事のもとにはそれぞれ一定数の人員をもつ参事会がおかれ,それらの参事会が改組されて1833年から行政・立法の2参事会制が採用された。この立法参事会議員は,はじめはイギリス人の官僚のみであったが,のちにイギリス人の民間人,やがてインド人が官選議員として加えられ,さらに議員民選制が導入され, 1919年法では制限選挙ながら議員の直接選挙制度が採用されるに至った。しかもこの法律によって,州には限定されたものではあったがインド人による行政府が発足することとなり,1935年法ではインド人によるおおはばな州自治が実現された。

 植民地国家は宗主国の主権に従属し,内部においては行政府が立法府に優先する。議会政治の体裁だけは整えられても,議会の権能と議員の議会における権利とは制約されていた。たとえば,議員は予算案について質問はできても,議会の票決は行われないとか,行政府には議会の票決を覆す権力があるとか,植民地自治の内容は民主主義とはおよそ無縁であった。しかしそれでも議員たちはそれぞれの信念なり情報なりに基づいて,当面の政治課題について行政府または同僚議員たちとさまざまな討論や意見交換を行っていた。それらの論議をとおして,特定の時期の特定の問題についての多様な状況認識のありかたが,具体的に理解される。とくに立法過程については,最初の法案が読会ごとの討論による修正を経て最終的に制定されるまでの経緯を,克明に知ることができる。植民地インドの広義の政治史を研究するうえで,議事録がきわめて有力な史料となることは,この程度の簡略な説明でもご理解いただけるであろう。

 もちろん,議事録が唯一の史料というわけではない。問題によっては,行政府の側が任命した各種の調査委員団-なかにはイギリスから派遣された勅任委員団も含まれる-の報告書が不可欠である。インド人の政治団体の記録文書,政治家・行政官その他の自叙伝・書簡・日記・備忘録,新聞・雑誌など,研究課題によって必要とされる史料は多種多様である。しかしながら,議事録を踏まえることでそれ以外の重要史料への目配りもできるようになるはずである。議会はあらゆる政治課題がともかくも論議される場であったからである。なお,藩王国は自明のことながら諸議会の所管事項ではないので,議事録には含まれていない。

 ところで,この厖大な『立法府資料集』を前にして筆者がもっとも懸念しているのは,こんごどれほどの若い研究者が南アジアの近・現代史に原典史料から取り組もうとするのか,という問題である。この領域の研究には南アジアの代表的な言語の習得が不可欠ではあるが,それらの言語による文献を基本史料とする分野は,相対的にはまだ狭いといってよい。英語文献が覆うことのできる分野の研究を進めながら,語学にも力を入れて行くのが,当面はもっとも効率的であろう。言語の習得から現地調査に進むのも,研究領域によっては必要なことであるが,歴史研究のばあいにはまず文献史料によって基礎を構築し,それから現地入りをしても充分にまにあうであろう。ともあれ『インド中央・地方立法府資料集』が全国の若い歴史研究者に活用されることを期待している。